2017年1月21日 (土)

嬉々として

昨年の正月、永年愛読してきた長編時代小説が完結。
大団円と悦ぶべきところですが、
私の心を襲った喪失感と寂寥感を拭い去る事が出来ません。
さらに、その前年(2015年11月)には、
もう一つの愛読書の作者が急逝されました。
そこら辺りの思いを綴って、早くも一年が過ぎました。
一度に二つの思い処を失い寂しさと悔しさの日々。
今風に表現すればなんちゃらロスです(フンッ!!)。

それが、昨年11月。
完結篇の作者氏がWEBサイトで、
旧作の主人公の嫡男が武者修行に出た以降を書くと公表。
作者いうところの、新作というか、第二部というか・・・
空也十番勝負なる新作の発行が知らされ、
今年の正月に第一巻(上下)が上梓の運びとなりました。
思わず、そうでなくっちゃ!! と膝を叩く。

彼の物語りでは、空也が母の胎内に命を宿した時から
その成長を見守って来た読者にとって
吾が子、吾が孫と等しい存在であります。
当時の16歳といえば、
武家では元服して大人の仲間入りしている年齢です。
しかし、父母の元を離れ、諸国を巡っての武者修行となれば
野辺に屍を晒すことも考えられます。
いつ、いずこで武芸者同士の尋常な勝負に臨み
その生涯を閉じようとも、最期の様子を知る術はありません。
そうした過酷な武者修行に旅立った空也の行く末を見ずして
自称の父母や爺婆は納得できるものではありません。

作者氏は、ご自身の年齢からいつまで書き続けられるかと
述べておられます。
それ故に十番勝負と区切りをつけられたか?
既に最初の勝負は決着がついています。
残す九番は密度の濃い勝負になることでしょう。

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2016年7月 7日 (木)

七夕の宵にバタバタ更新

年中行事を旧暦で行う田舎に育った私ですが、
田舎でも正月は新暦の一月一日に迎えます。
雛祭りや端午の節句は、三月三日であり五月五日です。
旧暦で行われるのは七夕と盆でした。
そのため、七月の七夕や盂蘭盆会には未だ馴染みません。

年に2回の民族大移動も、夏は八月の旧盆と定まっています。
地方出身者が、故郷の父母に孫の顔を見せに帰る。
やはり学校が夏休み中の旧盆が都合よいですね。

さて、本日も紫陽花のマクロ写真でご機嫌を伺います。

私がマクロ撮影するレンズは、カメラと同一メーカーの純正品です。
焦点距離が60mmで、絞り値は開放で2.8.。
最短撮影距離は20cm。
ところがレンズ専門業者が造ったマクロレンズは
焦点距離は同じく60mmで、最短撮影距離が23cm。
しかし絞り値が2,0.。

両方とも撮影倍率は1:1なので
絞り値の0.8差と、最短撮影の3cmの差の
何れにアドバンテージがあるか?
既にマクロレンズを一本持ち、今さら悩むことでもないか。

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さて、今宵、牽牛と織姫は一年ぶりの逢瀬を愉しまれましたか?

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2016年1月 8日 (金)

お詫びと感謝

正月明けから風邪をひき、それは2~3日で抜けたのですが
その後の体調が不安定で、ついブログの更新が途絶えました。
にも関わらず、日々訪れてくださった方々には
心から感謝申し上げます。

よく申しあげますが、
閑古鳥さえ啼くのを忘れるほど暇な浮世床でありながら
懲りずに訪問いただいている、
お名前も、お顔も存ぜぬ方々の訪問数に支えられ
今年も拙いブログを続けて参ります。

よろしくお付き合いのほど、心からお願い申しあげます。

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2015年12月13日 (日)

新聞は社会の木鐸でありえているか?

11月20日の記事で、作家・山本一力氏の思いを伝えました。
同じ著書にある一文にも共感したので取り上げます。
山本一力著  大人の説教  文春文庫版から下線部分を引用。

木鐸とは、中国の古事になぞらえた言葉で
意味は、世間の人々を正しく教え導くところにあるといいます。
転じて、新聞は社会の木鐸と為す。

作家氏は、今この表現に疑問を越えた憤怒の思いを馳せる。
汚い日本語やひどい表現を使うことに鈍感だからだ。
痛痒も感ずることなく、恥じてすらいないと思う。

作家氏の舌鋒は、新聞が使う省略語に向っている。
スマホやらメアドやら、書き出したらキリがないという。
紙面には、恐らく無造作に使われている省略語が氾濫する。
人々の話言葉ならば、如何にひどい言葉遣いをしようと
それは個人の勝手だが、新聞は断じて違う!と。
正しい日本語、美しき日本語を後世に残していくことは、
新聞の社会的使命の一だろう。

この論理に、新聞人は如何に応えるか?
過日の新聞コラムで、日本人の言葉省略を賞賛?していた。
新聞は汚い日本語を正しい日本語と承認したに等しい。

私が、こ作家氏の一文に反応したのは
昨今紙上などで見かけるマタハラなる省略語にあります。
読み進むと妊娠した女性への社会的なイヤガラセとわかる。
股腹!? そんなバカなっ!!
  オヤジの発想も新聞に似たり?
そもそもマタハラなる言葉が妊娠女性への侮蔑である。

作家氏が挙げるように、紙面に省略語を見ない日は無い。
百歩譲って、見出しに使える言葉の数には制限がある?
ならば本文中では本来の表記をしてしかるべき。

ハラスメントという言葉の源流は
セクシャルハラスメント辺りにあるか?
以後、ハラを付加した省略語が氾濫する。

百歩も千歩すら譲って、個々に意味を持つ漢字ならば
迂闊に省略しても意味を推測できる。
時短とあれば、時間短縮と解せる。
就活となれば、就職活動だと推測は可能だ。
  もっとも、婚活だの終活などと乱用はなはだしいが。
しかし、カタカナ語の省略は意味を推し測れない。
言葉一つに命をかけろ! とまでは言わないが
書いてナンボ、しゃべってナンボの諸氏には
くれぐれも胆に命じて欲しいものです。

作家氏は続ける。
言葉は生き物で、ひとり歩きを始める。
言葉の本来の意味を言い換えで薄めることが
社会や人々の意識を軽く導く。
窃盗や盗人を、万引きと表することで、
その犯罪に手を染める者が後を絶たない、と。

仰せ、至極ご尤も。
売春や買春を、援助交際と言い換えることで
あたかも社会福祉事業と混同させる愚挙。
明らかに暴行や恐喝行為でありながら
イズメと表して犯罪性を薄める共同正犯。

新聞人よ。マスメディア人よ。
人々の痛みと乖離して、その存在意義はるか?

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2015年11月20日 (金)

面をとれ

数々の時代小説を上梓しつづける作家氏が
現代 (いま) の大人たちに向けた檄文のような随筆集を読んだ。
その中から、私の心を振るわせた一文に触発され
本日の記事としました。

作家氏は、二人のご子息を持つ父親である。
その次男坊クンが中学一年生の夏休み
自ら進んで、通う中学校の剣道部に入部したという。
入部の理由は単純至極。
顧問のヤマト先生に心酔したが故。
いまどきの中学生が、学校の先生を心底敬って
その教えを請うなぞ、そうは簡単に出会える話ではない。

六尺豊かな偉丈夫であるヤマト先生には
少年雑誌を2冊重ね、
背表紙から引きちぎった伝説が語り継がれている。
実際、身繕いを整えたヤマト先生を目の当たりにして
あの伝説は真実であったと信じるという。

その師、ヤマト先生が少年剣士に教え込むは唯一。
面をとれ
得意な小技で先に一本を取り、
気持ちにゆとりをつくるなら、それはいい。
しかし二本目はかならず面をとれ

師の教えを、少年剣士たちは目を輝かせて聞き
実践しているらしい。
この師あって、この弟子あり。
誠に清々しい話と感銘を受けました。
その教えるところは、一に剣道の極意であり。
継いで、子供らの人生の指針として、厳しくも優しく諭している。

剣道は不案内な私でも想像はつきます。
正眼(青眼)に構えた刃(竹刀)を振り上げ振り下ろす。
その時、胴はガラ空きになり、小手に隙が生じる。
にも関わらず、敢えて強い踏み込みで面をとりに行く。
かの弟子たちが、人生の岐路に立ったとき
臆することなく面をとりにいく。
そんな生き方を選んでくれたら、この先に我が国は安泰か?

振り返って、この秋。
我が国の政権党で党総裁を選ぶ時期が来た。
その時、居並ぶ実力有段者たちは、こぞって道場を去り
選ばれることなく現総裁継続が決りかけた。
そこに単身躍り出たのが女剣士。
正に面を取らんと勇躍するも、結果は皆さんご存知の通り。

この事態を、ヤマト師に師事する少年剣士たちは、どう見たか?
それでも尚、面をとりに行く気概を忘れないと信じたい。

ヤマト先生の教えを前にして
己が生きてきた過去を思い浮かべるにつけ
常に面をとりに行っていたかを反芻してみる。
誠に恥ずかしながら、残された刻だけは
面をとりにいく人生としたいと思った。

そうした少年剣士の輝く瞳に模して
本日の一枚。

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写真は、六本木ヒルズ、けやき並木
イルミネーション2015
SNOW & BLUE

本日の記事の出典
山本一力著 「大人の説教」 文春文庫版

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2015年11月18日 (水)

三脚は欠かせぬが・・・

イルミネーションの主たる被写体は数万個を越える電球です。
その小さい被写体をブレることなく捉えるのは至難の業です。
カメラやレンズに手ブレ防止装置が付いていても
所詮、手持ちでの撮影には限界があります。

日頃の撮影で、殆んどといって良いほど出番が無いのですが
ここぞとばかり活躍するのが三脚とレリーズです。
三脚でカメラを固定し、
レリーズでカメラに触れずシャッターを切る。
完璧ともいえる仕組みも、自然の前には敢え無く退散です。

肝心な被写体が揺れたら
撮影用の仕掛けなぞ、ひとたまりもありません。
風で梢が揺れたら、被写体の電球も揺れます。、

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加えて、被写体の電球との距離が違えば
適正露出も変わってきます。
結局は撮影場所ごとに、色々と試してみるしかありません。

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六本木ヒルズのけやき並木イルミネーション
直接ご覧になった方は気付いていらっしゃるでしょう。
この青いイルミネーションは、本来白色LEDが殆んどで
その中に僅かばかり青色LEDが含まれています。
撮影時に手を加え、青色を強調しています。

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2015年11月12日 (木)

菊花のこと

思いがけずに亡くなった方を悼んだあとの話題を
どう切り出すのがよいか?
その辺りを考えると、次ぎの一歩を踏み出せずにいた日々。
毎度の与太噺では不謹慎の謗りを受けます。
ここはやはり花の話題で、
先の想いを葬ることにしようと思い立ちました。

この時期の花といえば菊です。
ご近所で、例年見事な菊を咲かせている御宅では
先日の日曜日には七分程度の咲き方でした。
これから寒さが増す朝、毅然と咲く菊は美しいものです。

六日の菖蒲 (あやめ十日の菊 という諺があります。
十日とは、九月九日の重陽の節句の翌日をあらわします。
この九月九日は旧暦ですので、今の暦に当てはめると
十月の中旬から下旬にあたります。
現在咲いている菊と比べ、開花時期にズレがあるのは
中世から近世にかけての日本では、
現代よりも少し早い時期が菊の開花時期だったのでしようか?
 (これも地球温暖化の影響か!?)

それはさておき・・・
ある種の菊花をみると、いつも思うことがあります。
解り易くするために菊花の写真を添付しますが
今回の写真は出来がよくないので斟酌願います。
一体、何を思い浮かべるかといえば・・・

例えば、この菊。
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黄色なのでケーキのモンブランを思い浮かべ、
あるいは錦糸卵を思います。
白だと、これからがありがたい鍋料理に欠かせないアレ。

この白い菊花ではどうでしょう?
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ホッコリした風情の百合根を連想します。

それれにしても、いくら収穫の秋とはいえ
発想が貧困すぎて恐縮でございます。
結局のところ与太噺で結ぶことになりました。
チョイと勉強して、出直して参ります。

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2015年11月 8日 (日)

宇江佐真理さんを悼む

今朝、新聞の片隅にあった記事を読み
思わず アッ! と声をあげてしまいました。
そのような事、私にとって常には無いことです。

作家 宇江佐真理さんの訃報。
勿論、この作家の名前をご存知ない方は多くいらっしゃる。
よって、コトの重大さには頓着なさらないと思います。
しかし、その記事に接した私が抱いたのは
まず大きな驚きであり、取り返しがつかないという落胆であり
その後に襲った底知れず深い悲しみです。

私たち読者は、これまで数多の作家を葬(おくり)りました。
中でも連載を抱えたまま逝かれた作家の死に
取り残された読者は途方にくれます。

小説の分類に、歴史小説があります。
司馬遼太郎氏の作品に代表される
史実を伴った重厚な内容の小説群であります。
史実を克明に紐解き、過ぎし人たちの日々すら明らかにする。

一方、時代小説は、江戸の市井に活きる庶民の日々を描く。
宇江佐真理さんは、そうした江戸の風景や、人々の生活を
活き活きと描く才に恵まれた作家でした。
誤解を恐れずに申すならば、昭和30年代に躍動した
日本映画界が描く時代劇に等しい活きた江戸を描いていらした。

時代小説を好んで読むオヤジ達の読書遍歴は
まず、池波正太郎氏を嚆矢とし、次いで藤沢周平氏を読破。
その後の至るのが佐伯泰英氏といわれています。
私は、まさにそのままの読書遍歴を経ましたが
さて、その後に読むべき作家はどなたか?

行き着いた作家が宇江佐真理さんでした。
読者にとって、連載小説が作家の死によって途切れるのは
断腸の思いがあります。
例えば、池波正太郎氏の鬼平犯科帳が未決は余りにも悲しい。

宇江佐真理さんには、髪結伊三次捕物余話がある。
密かにライフワークと想っていらしたのではないだろうか?
彼女が紡ぎ出す江戸の何気ない日々。
貧しくも明るく生きる庶民の活力。
悲しみさえ笑って過ごそうとする健気さ。
一本! スジを通さねば引かぬ堅気の心粋。
それらは宇江佐真理さんの人となりをあらわしたに過ぎない。

北海道の函館に居て、江戸の粋と、痩せ我慢を体現された
それは小股が切れ上がった佳い女であった
生意気にも賛辞を贈らせていただきます。

宇江佐真理さんのご冥福を心から祈ります。
               合掌


文中にて、男性作家と宇江佐真理さんの敬称が違うのは
男女不平等に非ず。
宇江佐真理という作家には
「さん」が相応しいと確信します

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2015年7月 5日 (日)

そうなんですよぉ!川崎さん!!

嘗ての城下町であれば
どの城下町にも丸の内という地名はありましょう。

それでも、徳川幕府を築いた家康公の牙城がある
江戸の町並みには格別の意味があろうかと存じます。
江戸開闢当時の、いわゆる江戸の範囲は極めて狭い。
千代田のお城(江戸城)を中心に四里四方と定められたとか。
後に江戸の朱引き(境界線)を拡げ
本郷も、かねますまでは江戸の内。
と言われるようになりました、とさ。

そうした由緒ある千代田城前の丸の内は
明治維新の後、今でいう再開発に晒されたようです。
何しろ、旧幕藩体制の全てを改変すると企てた
明治維新政府は、様々な改革を断行したようです。
その一環として建てられたのが三菱財閥の建物群。

そうした建物群の中で、近年、再建されたのが
三菱一号館美術館です。
英国人の建築家、ジョサイア・コンドルは当時の政府に招かれ
近代建築を建て、次代の担い手である建築家を育てました。

当時の設計図を基に再建された三菱一号館美術館。
その中庭に立つと、周囲の構想ビルさえ無ければ
この建物が活躍した時代を彷彿とさせます。

この美術館とは、皇居側で接する丸の内仲通りから
この中庭に入ろうとすれば
カフェやインテリア小物を商う店を通り抜けて行きます。

隣りには、昭和期の建築遺産である明治安田生命館。
そして皇居の二重橋にも近く
川崎さんの第一級のモデルさんとロケするには
不足のない地域だと思います。

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2015年7月 1日 (水)

もう半年! 残り半年!!

   初めに申し上げておきますが
   現在6月30日に書き始めた、この記事
      実際にアップされるのは7月1日に為ろうかと思われますが
   どうかご容赦願います。

本日で、この一年の前半が終わります。
明日からは師走に向け、転げ落ちるような残りの半年です。

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この日、古くから水無月の祓いとか、夏越大祓とよばれました。
これまでの半年の間、我が身に纏った罪や穢れを祓い
来る半年を無病息災で過ごせるように祈る。
とても大切な神事だったようです。
神社などの境内には、大きな茅の輪が設けられ
これを八の字に三度潜ると穢れが祓われたと伝えられていた。
所謂、茅の輪くぐりです。

京都では古来、この時期に限定の和菓子
水無月を食べる習わしがあったそうな。
こちらはみなづきが正式名称。
外郎に小豆をのせ、直角三角形に切った和菓子。
本来は、この季節の京都に限り食べられたらしいですが
何せ商魂、お取り寄せが花盛りの昨今
日本全国津々浦々、どこでも賞味できそうです。

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白く、直角三角形で涼しげな和菓子となれば
老母から受け継いだ贔屓のくず餅を思い浮かべます。
東京・亀戸天神の隣りで商う船橋屋。
世間に拡がっているくず餅は、葛粉を用いて作られます。
この船橋屋では、
小麦粉の澱粉質を450日間醗酵させて作りあげます。
葛粉の葛餅はモッチリした食感ですが
船橋屋のくす餅はプリプリした食感が特徴です。
それに秘伝の黒蜜と黄粉をかけて食べる。
作った当日と、その翌日だけが賞味期限の
まことに贅沢な食べ物であります。

初代は下総国の出身で、かの地は小麦の産地だったとか。
創業は文化二年(1805年)、徳川将軍家十一代家斉の御世。

話しが随分と逸れましたなぁ・・・

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六月の後半になると、ガク紫陽花の小さい花が咲きはじめます。
ガク紫陽花のガクを眺めていた人々は、今も訪れるか?

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ヤマアジサイの一種であるくれない
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今年一番に気をひかされた紫陽花です。
日々、花の色をかえる紫陽花の中にあって
白から深紅に変化する様は劇的でさえありました。

来年のこの時期も
可憐に咲く紫陽花を追いかけたいものです。

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