2018年7月15日 (日)

神仏頼み

この度の西日本を中心に甚大な被害をもたらした豪雨。
実態を報道で見るにつけ、言葉を失う。
生半可な思いを寄せても被害に遭われた方々の辛酸の
何分の一ほども理解は出来ないだろう。
生活が破綻したうえに、酷暑が追い討ちを掛けている。
とても暢気にブログを更新している場合では無いが
このところ寺社巡りが多いので、
被災地の一日も早い復興を神仏に願い
寺社を紹介しながら追々更新して参る所存。

さて、今回は古くから深川のお不動さんとして親しまれて来た
深川不動堂の話題。
大本山成田山新勝寺の東京別院といして位置づけられる当寺。
歴史は元禄16年(1703年)、江戸で御本尊を公開した
いわゆる出開帳が始まりという。

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嘗ては長い参道であったろうが、いま残っている参道は短い。
参道の左右に並ぶ商店は暖かい雰囲気を醸し出している。

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正面に見えるのは旧本堂。

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旧本堂の左手が現在の本堂。

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旧本堂の右手は御札場。

開運出世稲荷社には参る人が絶えない。
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富岡八幡宮とは隣り合わせの位置関係にあり
共に深川では信仰の中心となっている。

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2018年6月24日 (日)

曖昧模糊な想ひ出

絶え間なく人々が行き来する新幹線のホームに立ったとき
子どもの頃の曖昧で朧な古い記憶が蘇った。
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実家は家族旅行とは無縁な家庭であった。
その余裕が無かったのが実情だったのだろう。
それでも一度だけ家族で旅をした記憶がある。
行先は母の実家。
列車の中で2泊か3泊して漸く辿り着く長旅だった。
おそらく旅程の前半は蒸気機関車が牽引する各駅停車で
加えて単線のために所要時間が途方も無く掛かった。

車窓の眺めに飽きることは無かったと思うが
一番に心が浮き立ったのは駅弁だったのではないか?
駅に着いて、車窓から身を乗り出して駅弁を買う行為は
子どもにとっては非日常の極みであった。
停車時間が長いときはホームに降り立って駅弁を買えた。
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それでも渋い声で駅弁を売り歩く様は何度見ても飽きなかった。
停車時間は充分にあるのに、列車の端から売り始めると
売り子が傍まで来るのが遅く感じられたと記憶している。
発車のベルが鳴り出しても駅弁を買い求める客をあしらい
絶妙なタイミングでつり銭を渡し
最後は帽子を取って丁寧に辞宜をして列車を見送る。
職人芸だ。

その頃は特急列車でも窓は開けられた筈だ。
列車の窓を開けられなくなって、旅情の一つが失われた。
移動に時間を割くほど日々の生活のゆとりが無い現代では
無いものねだりなのだろう。
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2018年4月18日 (水)

夢は誰のもの・・・

プロ野球のファイターズから、メジャーのエンゼルスに転進した
大谷翔平選手の話題が尽きない。
打者としても投手としても、ルーキーは格別の・・・・・
今さら説明の要はなかったな。

彼のオープン戦の成績を見た米国の評論家やメディアは
こぞってマイナーからのスタートを進言していたものだが
今や、手の平を返して彼の才能を最大限に賞賛している。
メジャーリーグは人気が凋落の一途を辿っている現状で
救世主になりえるかと持て囃されているようだ。

米国から日本に伝わる大谷選手に関する話題は
多分に日本向けに濾過された内容かとも思われるが、
それでも彼の才能への驚きと評価の高まりが見て取れる。
打者と投手の二刀流で活躍するルーキーの登場に
ベーブ・ルースの再来などと、球団やエンゼルスファンに限らず
MLB公式サイトやメディアが過熱するのもうなずける。

去年までの彼の活躍には見向きもしなかった私が
連日の活躍に心躍る日々を送っている様は
米国メディアの手の平の返しようを決して嗤えない。
そんな野球に疎い私でさえ、メジャーの長いシーズンを通して
今の成績を維持できるかとの危惧を抱くのは無用であろうか?

本人は初見の相手との対戦成績には冷静な判断を下しており、
先々に思うような結果が出なくなったときにどう対応するか
今から対応策を検討しておく構えをみせているようだ。
プロ野球経験者も相手球団と一巡りしてからの真価を問う。

あるプロ野球経験者は、大谷選手の公式記録に言を及ぼす。
曰く、中6日の間隔で投手として登板し、
指名打者としては登板前日を休むローテーションを守る限り
規定投球回数や規定打席に達し難く、よって彼の成績は
投打共に正式には残らず、参考記録扱いだと指摘する。
そこで正式記録として残すなら、二刀流を捨て
打者か投手のどちらかに専念すべきだと説くのだが・・・

現に開幕以来の彼の打撃成績を他の選手と比べると
ことごとく上位に位置しているが、規定打席数に満たないため
成績が表に出てきてはいない。こうした問題は当の本人が
プロ野球でプレーしていた時から承知の事実。
それでも大谷翔平が二刀流に拘るのは何故か?

彼が今季からメジャー(MLB)に挑戦したについて
米国では驚きをもって受け止められた(日本でもか?)。
彼の場合、メジャーとの契約を1年か2年先延ばしすれば
契約金は200億円とも予想されているにも関わらず
自ら望んで数千万円の契約金でマイナー契約を結んだ。
選手の高騰した年俸が球団経営を圧迫するなどと
話題を振りまくメジャー選手を見慣れた米国ファンには
まるで異星人のように見えるかもしれない。

高額な契約金より、1年でも早くメジャーでのプレーを望む。
公式記録を捨て、ということは年俸評価基準を捨ててまで
投打の二刀流を貫きたい。
大谷翔平が抱く夢を
我々は静かに、そして熱く見守るのはどうだろうか?

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2018年4月11日 (水)

サッカー競技に見る解任の文化

初めに、私はサッカーファンではありません。
サッカーの話題は、スポーツ面より社会面で拾うことが多い。
そんな私がサッカー界に物申すのは言語道断。
社会面からサッカー界を眺める視点からの意見の多くは
的を外れた指摘であると自覚しています。
半面、門外漢ゆえ正鵠を突くマグレもあるのではないかねぇ。

さて、本日俎上に載せる話題は日本代表監督の解任です。
扇情的な見出しを好むマスコミによれば
電撃解任電撃更迭ということのようです。
サッカー日本代表はワールドカップ・ロシア大会を控えています。
なぜ、この時期の監督解任なのか!?
日本サッカー協会の説明によれば、
代表監督の戦術や采配への疑問、あるいは代表選手への
高圧的な指導方法で選手との信頼関係が薄れた故という。

報道によれば、この監督の招聘には日本サッカー協会の会長が
三顧の礼をもって招いたようです。
その監督を前述のような理由で解任した日本サッカー協会いやさ
協会会長の責任はどうなっているのでしょうね。
巷では、こういうのをトカゲの尻尾切りと申します。
国会で国務大臣に失点があれば、野党は躍起になって首相の
任命責任を追及しますが、日本サッカー協会には与党や野党は
存在せず、一枚岩の団結を誇っているのでしょうか?

大体、高圧的な指導といえば、昨今話題のレスリング女子の
パワーハラスメント問題など如何なるものでしょうか?
その事実の存在を指摘され辞表を提出した強化本部長を
擁護するレスリング界を知る人によれば、
強圧的な指導があればこそレスリングが強くなるのだそうな。
となれば日本サッカー界の何と民主的なことか!?

選手との信頼関係といえば、私ら外野の観客からすると
遥か以前から、代表選手への信頼は失われています。
およそサッカーは点が入りにくい競技なそうな。
それにしてもですよ!
日本代表選手はナゼにゴールに向けボールを蹴るのが下手か!?
10本シュートして(本人たちはそのつもりらしいが)
蹴られたボールの何本がゴールに向う?
ゴールから大きく外れ、アサッテの方向にボールを蹴っておいて
さも惜しそうなポーズをする白々しさ。
監督が解任されたのだ、その人に選ばれた代表選手もまた
代表の地位を白紙に戻すべきではないでしょうかね。
試合に勝てない理由は、唯一監督が負うべき問題か?
まともなシュートを打てないのは、監督の戦術に原因がありか?
そう考えるのはシロウトの戯言・ヘリクツですか?

国の内外を問わず、サッカー界では解任が茶飯事だ。
まるで解任がサッカー界の文化や正義であるかのようです。
シーズン開始から数試合で、成績不振の責任を監督に負わせる。
目先の1勝に囚われ、長い目でチームの成長を促がすなど
夢のまた夢の如し。
クラブチームはビジネスなのでしょうね。
勝利第一主義で、勝てないチームは投資の価値がない。
故に勝てない監督は足場を失う。
殺伐とした世界ですねぇ。

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2017年9月24日 (日)

その時そこに行く

報道カメラマンが、「決定的瞬間」をカメラに納めるには
偶然に頼っていては出会う機会は稀といえましょう。
ベトナム戦争を取材した写真家・沢田教一氏は、
所属したUPI通信社の情報と、彼の個人的な情報網
(彼はフリーメイソンの一員ともいわれる)を駆使して
常に最前線に居続けることができた、との説があります。
どこの戦闘にも必ず沢田が居る
ジャーナリスト仲間から驚嘆された彼の行動力は
彼に数々の「決定的瞬間」をもたらしました。

彼の仲間であるカメラマン達は、彼に忠告したという。
アブナイからズームを使え と。
沢田カメラマンは、仲間の助言に聞くを持たなかった。
彼は単焦点レンズを装着したライカで撮影対象に迫った。
その折り折、危険が伴う撮影は珍しくはなかっただろう。

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沢田カメラマンがピューリッツァー賞を受賞した安全への逃避
この時、彼のライカには135mmのレンズが装着されていた。
撮影地の危険度を考えると、決して長い焦点距離ではない。
ズームレンズを使わず、単焦点レンズで撮影対象に迫る。
このことは自らが撮影対象に近づくことであり、
撮影対象と同じ場所に立つことによって真実に迫る。
その時そこに行く
これこそ写真家としての勇気と誇りの表れではないか?

写真家が、「決定的瞬間」を撮影するには
偶然に頼らず、緻密な計画も欠かせません。
例えば、自然を撮影対象とする場合を想定すると明白です。
昇る朝日、沈む夕陽、あるいは水や大気が織り成す絶景は
限られた時間、限られた場所でしか撮影出来ません。
「絶景」を撮れる瞬間を事前に精査して、その場に臨むことが
「決定的瞬間」を撮り得る重要な要因となります。
その時そこに行く
これは時空間の問題。

さりとて、その場に居れば「決定的瞬間」をモノに出来るか?
写真家・荒木経惟氏はズーミングを断罪する。

 ズーミングっていうのは、ホントいけないんだよ。
 ズーズーって写真しか写んないだよ。
(中略)
 写真に関係性っうものが写らないようにしたのはズームだね。
 あんな横着なのはいけないよ~。

  集英社新書:「天才アラーキー 写真ノ方法」から抜粋

撮影対象にカメラで迫るには、まずレンズを決めてこそ
撮影対象との関係性を築きあげらことが可能になる。
それが撮影対象と向き合う基本だと.・・・
吾が耳に痛い指摘であります。
私は、ほぼ100%ズームで撮る。
天才アラーキーの指摘を待つまでもなく、
撮影教本では構図を勉強するなら、まず、単焦点レンズで学べ。
被写体に迫り、構図を学ぶなら自ら動け! が撮影の基礎と説く。
しかし、天才は凡才に救いの手を差し伸べてくださる。

 旅行なんかにカメラ一台、ズームがあればいいって、
 便利なようだけど、これは安易な考えですよ。
 自分が被写体に対するレンズを決められないってことだからね。
 考え方が決っていない。
 考え方が決っていれば、パッと「ハイ、ライカ35ミリ!」一本とかでいい。
 そうでなきゃダメよ。
 そうでなきゃ、写真に対してまだまだダメだっつうこと。
 写真家としてダメなんだよ!

  集英社新書:「天才アラーキー 写真ノ方法」から抜粋
アッ!? 吾は写真家に非ず。
つうことは今のままでもいいのですね? 天才先生!

天才アラーキーは断言する。
被写体に、自分が近づいたり離れたり、それが写真の真髄だと。
その時そこに行く

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2017年9月 6日 (水)

その時そこに居る

この夏、写真展を頻繁に訪れました。
7月、東京都写真美術館で世界報道写真展2017
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左下の写真は人々の部 単写真1位となったものです。
写っている少女は5歳。
IS(イスラム国)の恐怖を味わって故郷から逃避して来た。
私には夢がない。もう何も怖いものはない。
そう静かに語ったという。 
その説明無くしても、少女の瞳には絶望しか見られない。

世界報道写真展2017を訪れた東京都写真美術館で
次の開催予告を見た荒木経惟氏の写真展
センチメンタルな旅1970-2017-
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同時に、東京オペラシティ アートギャラりーで
荒木経惟 写狂老人A
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荒木経惟写真展の狭間で、沢田教一展 -その視線の先に
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報道カメラマンより、写真家と位置づけられる故・沢田教一氏。
UPI通信社の記者として1965年から
ベトナム戦争を米軍に同行して取材した。
常に最前線に身を置き続け、ジャーナリスト仲間から
どこの戦闘にも必ず沢田が居る と感嘆されたという。
彼が最前線に立ち続けられたのは
UPI通信社の後ろ盾はもとより、彼自身の人脈もあったという。

7c210x201y10r109t183t90img_5570 トリミングあり
沢田教一の名を世界に轟かせた1965年撮影の1枚。
安全への逃避
この年、ハーグ世界報道写真展大賞とニュース部門1位を受賞。
1966年には日本人写真家として報道写真部門で
2人目のピューリッアー賞受賞者となる。
また、アメリカ海外記者クラブ賞1位も重ねて受賞している。

ハーグ世界報道写真展大賞では翌年、
ベトコンの女性兵士を両脇から抱えて連行する米兵を撮った
敵を連れてが同賞の2位となり、
死んだベトコン兵士を、戦車で戦果と見せしめとして曳く
写真が同賞の1位を受賞しています。

沢田教一氏は、なぜ過酷な戦いの最前線に立ち続けられたか?
そして、世界から賞賛される写真を撮り続けることが出来たか?
その時そこに居る
これは報道写真家に欠かせない要諦であります。
それは計って果たせることもあり、僥倖によることも否めない。

問題は、同じ場所で同じように撮影しながら、
世界の賞賛を浴びる写真を撮れたカメラマンと
賞賛されなかったカメラマンの違いにあると思います。

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2017年2月 1日 (水)

思わずハタと!膝を打ちたく!!

私が読み続けている時代小説の作家の方々。
惜しくも哀しくも
それらの方々の多くは泉下の人となられています。
新作の上梓を望めない今、その遺作を繰り返し読む日々。

そんな中、宇江佐真理さんの随筆集に
思わず快哉を叫び、膝を打ちたくなる一文がありました。
作家らしく、否、宇江佐真理さんらしい拘りです。

猫も杓子も と題された随筆に
時代小説を書くが故、流行語ましてカタガナ語は
従来の日本語に置き換えて書く、といわれる。
まして、いわゆる流行語なぞ使わぬと・・・
 (当たり前といえば、至極当たり前ですが)
昨年の流行語大賞を時代小説に取り込む
ありえぬ話しですわな。

そして、言は極まる。
マスコミに携わる者は、
人真似でない吟味した言葉を遣うべきだ。
それがおのずと美しい日本語を守ることになるはずである。

この話しのオチとして、猫も杓子も
嘗ては流行語ではなかったか?と独白されている(笑)。

本日の記事は下記の書籍からの引用です。
宇江佐真理著 新潮社刊
ウエザ・リポート
見上げた空の色 か「猫も杓子も」

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2017年1月 3日 (火)

少年易老学難成  一寸光陰不可軽

いつも年頭に思うこと。
己は旧年中、何を為し得たか?

隣人をみれば着実に前進しているが、
足踏みしている、否、後退さえしているように見える吾。

老成とは名ばかり、実体は老け込んだだけ。
中味は、この少年が抱える鳥籠の如し・・・カラッポ(笑えぬ冗談)
感性は脳細胞が破壊されるに従い枯渇するものなのか?
せめて瑞々しい感性だけは手放したくないが・・・

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2016年12月 4日 (日)

江戸の闇に身を潜む  ~最後の鬼平~

作家・池波正太郎氏が描いた鬼平こと長谷川平蔵宣以(のぶため)
町奉行所とは異なり、放火や重罪の盗賊を取り締まる
火付盗賊改方の長官として実在の旗本。

その人となりや、活躍の経緯は
池波正太郎氏が鬼平犯科帳で縦横に綴っておられます。
勿論、フィクション。
ではあるが、このような人物像であったかと錯覚させるのは
原作者の力量に依るところが大でありましょう。
剛にして柔、世情に詳しく
配下の与力・同心(自分の家臣が火盗改めの役人)たちはもとより、
密偵(かつての盗賊を手下として重用するもあり)への目配りを怠らず
情けをかけ、十分に活躍させる人物の大きさ。

そうした原作を映像化したのが時代劇ドラマ鬼平犯科帳
その鬼平犯科帳が、この2日と3日の放映を持って終了となった。

この時代劇ドラマは、当初NET(現・テレビ朝日)が1970年9月、
歌舞伎役者の八代目・松本幸四郎を主役に得て放映を開始。
後に、主役は丹波哲郎から萬屋錦之介へと引き継がれた。
1989年7月からはフジテレビが製作して
二代目・中村吉右衛門(八代目・松本幸四郎の次男)を鬼平に据え
現在に至っていました。
(同作品は、テレビのほか映画、舞台、漫画、テレビアニメでも製作。)

レギュラー番組(138本)としての放映が終わってからは
スペシャル番組(12本)として時たま放映されてきましたが、
今回の鬼平犯科帳 THE FINAL を以って製作を終了。
その背景にあるのは、まず吉右衛門丈の年齢にあるようです。
72歳になられ「動きに無理が生じている」と御本人の弁とか。
一方で原作者は既に鬼籍に入られ、新しい原作が無い現実も
新たな製作への障壁となっているのは明らかです。

また、物語りと重要な関わりをもつ密偵を演じる役者の中にも
泉下の人となられた渋い演技をみせた方々がいらっしいます。
相模の彦十 三代目江戸家猫八 青春時代の平蔵宣以は
無頼を気取る風来坊で、その頃から平蔵を知る遊び仲間。
その頃、平蔵は本所の銕(テツ)などと呼ばれ、
彦十が密偵になってからもつい銕っつぁんとやって同心たちに
嗜められることしきりの憎めない爺ぃさま。
同じく密偵のおまさ(梶芽衣子)を子どもの頃から知り、
未だに、まぁちゃんと呼び、おまさも彦十をおじさんと呼び合う仲。
おまさが子供のとき、本所の銕を羨望の眼差しで見つめ、
女になるに従い、男を見る眼に変貌する様を知る少ない存在。
小房の粂八 蟹江敬三 元盗賊で平蔵に捕えられる。
火盗改方の尋問(拷問もあったはず)にも頑として口を割らず
そんな様子を見た平蔵が密偵として取り立てた。
確か平蔵が元盗賊を密偵とした最初の人物。
この密偵ふたりが登場しないことで、話しにポッカリ穴が開いた
そんな喪失感を抱いたのは私だけではないはずです。

原作者の池波正太郎氏は、自作の映像化に伴い
厳しい注文を付けられたということです。
曰く、原作に忠実に描くこと。
間違った解釈や、原作に無い逸話を脚本にすることは
固く禁じられたようです。従って、全ての原作を映像化した後
製作陣は非常に苦労なさったであろうことは想像できます。

池波氏の拘りはストーリーのみに非ず、
映像に登場する料理にも向けられたようです。
小僧として兜町に奉公に出た正太郎少年は、
同年代の奉公人よりも懐具合が格段に良かったようですね。
休みになると銀座に出かけ、贅沢なものを食べていたとか。
その頃、池波氏の舌が鍛えられ本物の味を知ることになった?
シリーズの初期、東京から料理人を呼び寄せ
小道具の料理を作ったというほどの拘りようだったとか・・・
平蔵が与力・同心らと、あるいは密偵たちと膝を崩して
好みの料理を食べるとき、本所の銕に戻った気分で
旨めぇなこりゃ! と相好を崩す様子は、原作者そのものか?

原作者が綴った江戸の光りと闇を、忠実に映像化した製作陣は
賞賛されて然るべきだと思います。
製作の拠点である松竹京都撮影所(現・松竹撮影所)では、
池波氏の仕掛人・藤枝梅安などを原作とする必殺シリーズ
製作(朝日放送と松竹京都撮影所が製作)されている。
その丁寧で綿密な製作姿勢は高く評価されるべきと思います。
先に、日本の民間に伝承されてきた祭りや芸能が
ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
遠い江戸の世界を、より忠実に再現しようとする映像製作者も
表彰されてよいのではないでしょうか?
彼らにしてみれば表彰するなら金をくれ!
否、表彰するなら脚本(ホン)をくれ! と叫ぶでしょう。
テレビ媒体の存在が危うくなってきつつある今、
時代劇ドラマの存立は、より厳しくなっているようです。

若年層のテレビ離れが甚だしいと云われる昨今
超高齢化社会の到来を控え、今ひとたび
オヤジやオバン向けの番組を製作してみては如何でしょうか。
  NHKの紅白歌合戦だって、ヘタに若返りを図ると視聴率が下がりますよ。
  と、これは余談中の余談でしたな。

さて、録画した最後の鬼平犯科帳。
部屋の灯りを消し、江戸の闇に浸かって堪能しましょうかね。

火付盗賊改方 長谷川平蔵である!
神妙に縛に付け!!

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2016年4月25日 (月)

色はにほえど 散りぬるを

4月25日、サッポロで桜の開花宣言が為されたとか・・・
この辺りでは染井吉野より、地の桜花が優勢を誇ることでしょう。
関東では八重桜が散り、本格的な新緑の季節が到来します。
往く春を想ひ 今季最後の桜花です。

夕景の八重桜
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早朝の陽射しを受ける桜花
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次ぎは藤の花で御機嫌を伺う予定です。

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