2017年9月24日 (日)

その時そこに行く

報道カメラマンが、「決定的瞬間」をカメラに納めるには
偶然に頼っていては出会う機会は稀といえましょう。
ベトナム戦争を取材した写真家・沢田教一氏は、
所属したUPI通信社の情報と、彼の個人的な情報網
(彼はフリーメイソンの一員ともいわれる)を駆使して
常に最前線に居続けることができた、との説があります。
どこの戦闘にも必ず沢田が居る
ジャーナリスト仲間から驚嘆された彼の行動力は
彼に数々の「決定的瞬間」をもたらしました。

彼の仲間であるカメラマン達は、彼に忠告したという。
アブナイからズームを使え と。
沢田カメラマンは、仲間の助言に聞くを持たなかった。
彼は単焦点レンズを装着したライカで撮影対象に迫った。
その折り折、危険が伴う撮影は珍しくはなかっただろう。

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沢田カメラマンがピューリッツァー賞を受賞した安全への逃避
この時、彼のライカには135mmのレンズが装着されていた。
撮影地の危険度を考えると、決して長い焦点距離ではない。
ズームレンズを使わず、単焦点レンズで撮影対象に迫る。
このことは自らが撮影対象に近づくことであり、
撮影対象と同じ場所に立つことによって真実に迫る。
その時そこに行く
これこそ写真家としての勇気と誇りの表れではないか?

写真家が、「決定的瞬間」を撮影するには
偶然に頼らず、緻密な計画も欠かせません。
例えば、自然を撮影対象とする場合を想定すると明白です。
昇る朝日、沈む夕陽、あるいは水や大気が織り成す絶景は
限られた時間、限られた場所でしか撮影出来ません。
「絶景」を撮れる瞬間を事前に精査して、その場に臨むことが
「決定的瞬間」を撮り得る重要な要因となります。
その時そこに行く
これは時空間の問題。

さりとて、その場に居れば「決定的瞬間」をモノに出来るか?
写真家・荒木経惟氏はズーミングを断罪する。

 ズーミングっていうのは、ホントいけないんだよ。
 ズーズーって写真しか写んないだよ。
(中略)
 写真に関係性っうものが写らないようにしたのはズームだね。
 あんな横着なのはいけないよ~。

  集英社新書:「天才アラーキー 写真ノ方法」から抜粋

撮影対象にカメラで迫るには、まずレンズを決めてこそ
撮影対象との関係性を築きあげらことが可能になる。
それが撮影対象と向き合う基本だと.・・・
吾が耳に痛い指摘であります。
私は、ほぼ100%ズームで撮る。
天才アラーキーの指摘を待つまでもなく、
撮影教本では構図を勉強するなら、まず、単焦点レンズで学べ。
被写体に迫り、構図を学ぶなら自ら動け! が撮影の基礎と説く。
しかし、天才は凡才に救いの手を差し伸べてくださる。

 旅行なんかにカメラ一台、ズームがあればいいって、
 便利なようだけど、これは安易な考えですよ。
 自分が被写体に対するレンズを決められないってことだからね。
 考え方が決っていない。
 考え方が決っていれば、パッと「ハイ、ライカ35ミリ!」一本とかでいい。
 そうでなきゃダメよ。
 そうでなきゃ、写真に対してまだまだダメだっつうこと。
 写真家としてダメなんだよ!

  集英社新書:「天才アラーキー 写真ノ方法」から抜粋
アッ!? 吾は写真家に非ず。
つうことは今のままでもいいのですね? 天才先生!

天才アラーキーは断言する。
被写体に、自分が近づいたり離れたり、それが写真の真髄だと。
その時そこに行く

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2017年9月 6日 (水)

その時そこに居る

この夏、写真展を頻繁に訪れました。
7月、東京都写真美術館で世界報道写真展2017
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左下の写真は人々の部 単写真1位となったものです。
写っている少女は5歳。
IS(イスラム国)の恐怖を味わって故郷から逃避して来た。
私には夢がない。もう何も怖いものはない。
そう静かに語ったという。 
その説明無くしても、少女の瞳には絶望しか見られない。

世界報道写真展2017を訪れた東京都写真美術館で
次の開催予告を見た荒木経惟氏の写真展
センチメンタルな旅1970-2017-
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同時に、東京オペラシティ アートギャラりーで
荒木経惟 写狂老人A
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荒木経惟写真展の狭間で、沢田教一展 -その視線の先に
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報道カメラマンより、写真家と位置づけられる故・沢田教一氏。
UPI通信社の記者として1965年から
ベトナム戦争を米軍に同行して取材した。
常に最前線に身を置き続け、ジャーナリスト仲間から
どこの戦闘にも必ず沢田が居る と感嘆されたという。
彼が最前線に立ち続けられたのは
UPI通信社の後ろ盾はもとより、彼自身の人脈もあったという。

7c210x201y10r109t183t90img_5570 トリミングあり
沢田教一の名を世界に轟かせた1965年撮影の1枚。
安全への逃避
この年、ハーグ世界報道写真展大賞とニュース部門1位を受賞。
1966年には日本人写真家として報道写真部門で
2人目のピューリッアー賞受賞者となる。
また、アメリカ海外記者クラブ賞1位も重ねて受賞している。

ハーグ世界報道写真展大賞では翌年、
ベトコンの女性兵士を両脇から抱えて連行する米兵を撮った
敵を連れてが同賞の2位となり、
死んだベトコン兵士を、戦車で戦果と見せしめとして曳く
写真が同賞の1位を受賞しています。

沢田教一氏は、なぜ過酷な戦いの最前線に立ち続けられたか?
そして、世界から賞賛される写真を撮り続けることが出来たか?
その時そこに居る
これは報道写真家に欠かせない要諦であります。
それは計って果たせることもあり、僥倖によることも否めない。

問題は、同じ場所で同じように撮影しながら、
世界の賞賛を浴びる写真を撮れたカメラマンと
賞賛されなかったカメラマンの違いにあると思います。

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2017年2月 1日 (水)

思わずハタと!膝を打ちたく!!

私が読み続けている時代小説の作家の方々。
惜しくも哀しくも
それらの方々の多くは泉下の人となられています。
新作の上梓を望めない今、その遺作を繰り返し読む日々。

そんな中、宇江佐真理さんの随筆集に
思わず快哉を叫び、膝を打ちたくなる一文がありました。
作家らしく、否、宇江佐真理さんらしい拘りです。

猫も杓子も と題された随筆に
時代小説を書くが故、流行語ましてカタガナ語は
従来の日本語に置き換えて書く、といわれる。
まして、いわゆる流行語なぞ使わぬと・・・
 (当たり前といえば、至極当たり前ですが)
昨年の流行語大賞を時代小説に取り込む
ありえぬ話しですわな。

そして、言は極まる。
マスコミに携わる者は、
人真似でない吟味した言葉を遣うべきだ。
それがおのずと美しい日本語を守ることになるはずである。

この話しのオチとして、猫も杓子も
嘗ては流行語ではなかったか?と独白されている(笑)。

本日の記事は下記の書籍からの引用です。
宇江佐真理著 新潮社刊
ウエザ・リポート
見上げた空の色 か「猫も杓子も」

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2017年1月 3日 (火)

少年易老学難成  一寸光陰不可軽

いつも年頭に思うこと。
己は旧年中、何を為し得たか?

隣人をみれば着実に前進しているが、
足踏みしている、否、後退さえしているように見える吾。

老成とは名ばかり、実体は老け込んだだけ。
中味は、この少年が抱える鳥籠の如し・・・カラッポ(笑えぬ冗談)
感性は脳細胞が破壊されるに従い枯渇するものなのか?
せめて瑞々しい感性だけは手放したくないが・・・

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2016年12月 4日 (日)

江戸の闇に身を潜む  ~最後の鬼平~

作家・池波正太郎氏が描いた鬼平こと長谷川平蔵宣以(のぶため)
町奉行所とは異なり、放火や重罪の盗賊を取り締まる
火付盗賊改方の長官として実在の旗本。

その人となりや、活躍の経緯は
池波正太郎氏が鬼平犯科帳で縦横に綴っておられます。
勿論、フィクション。
ではあるが、このような人物像であったかと錯覚させるのは
原作者の力量に依るところが大でありましょう。
剛にして柔、世情に詳しく
配下の与力・同心(自分の家臣が火盗改めの役人)たちはもとより、
密偵(かつての盗賊を手下として重用するもあり)への目配りを怠らず
情けをかけ、十分に活躍させる人物の大きさ。

そうした原作を映像化したのが時代劇ドラマ鬼平犯科帳
その鬼平犯科帳が、この2日と3日の放映を持って終了となった。

この時代劇ドラマは、当初NET(現・テレビ朝日)が1970年9月、
歌舞伎役者の八代目・松本幸四郎を主役に得て放映を開始。
後に、主役は丹波哲郎から萬屋錦之介へと引き継がれた。
1989年7月からはフジテレビが製作して
二代目・中村吉右衛門(八代目・松本幸四郎の次男)を鬼平に据え
現在に至っていました。
(同作品は、テレビのほか映画、舞台、漫画、テレビアニメでも製作。)

レギュラー番組(138本)としての放映が終わってからは
スペシャル番組(12本)として時たま放映されてきましたが、
今回の鬼平犯科帳 THE FINAL を以って製作を終了。
その背景にあるのは、まず吉右衛門丈の年齢にあるようです。
72歳になられ「動きに無理が生じている」と御本人の弁とか。
一方で原作者は既に鬼籍に入られ、新しい原作が無い現実も
新たな製作への障壁となっているのは明らかです。

また、物語りと重要な関わりをもつ密偵を演じる役者の中にも
泉下の人となられた渋い演技をみせた方々がいらっしいます。
相模の彦十 三代目江戸家猫八 青春時代の平蔵宣以は
無頼を気取る風来坊で、その頃から平蔵を知る遊び仲間。
その頃、平蔵は本所の銕(テツ)などと呼ばれ、
彦十が密偵になってからもつい銕っつぁんとやって同心たちに
嗜められることしきりの憎めない爺ぃさま。
同じく密偵のおまさ(梶芽衣子)を子どもの頃から知り、
未だに、まぁちゃんと呼び、おまさも彦十をおじさんと呼び合う仲。
おまさが子供のとき、本所の銕を羨望の眼差しで見つめ、
女になるに従い、男を見る眼に変貌する様を知る少ない存在。
小房の粂八 蟹江敬三 元盗賊で平蔵に捕えられる。
火盗改方の尋問(拷問もあったはず)にも頑として口を割らず
そんな様子を見た平蔵が密偵として取り立てた。
確か平蔵が元盗賊を密偵とした最初の人物。
この密偵ふたりが登場しないことで、話しにポッカリ穴が開いた
そんな喪失感を抱いたのは私だけではないはずです。

原作者の池波正太郎氏は、自作の映像化に伴い
厳しい注文を付けられたということです。
曰く、原作に忠実に描くこと。
間違った解釈や、原作に無い逸話を脚本にすることは
固く禁じられたようです。従って、全ての原作を映像化した後
製作陣は非常に苦労なさったであろうことは想像できます。

池波氏の拘りはストーリーのみに非ず、
映像に登場する料理にも向けられたようです。
小僧として兜町に奉公に出た正太郎少年は、
同年代の奉公人よりも懐具合が格段に良かったようですね。
休みになると銀座に出かけ、贅沢なものを食べていたとか。
その頃、池波氏の舌が鍛えられ本物の味を知ることになった?
シリーズの初期、東京から料理人を呼び寄せ
小道具の料理を作ったというほどの拘りようだったとか・・・
平蔵が与力・同心らと、あるいは密偵たちと膝を崩して
好みの料理を食べるとき、本所の銕に戻った気分で
旨めぇなこりゃ! と相好を崩す様子は、原作者そのものか?

原作者が綴った江戸の光りと闇を、忠実に映像化した製作陣は
賞賛されて然るべきだと思います。
製作の拠点である松竹京都撮影所(現・松竹撮影所)では、
池波氏の仕掛人・藤枝梅安などを原作とする必殺シリーズ
製作(朝日放送と松竹京都撮影所が製作)されている。
その丁寧で綿密な製作姿勢は高く評価されるべきと思います。
先に、日本の民間に伝承されてきた祭りや芸能が
ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
遠い江戸の世界を、より忠実に再現しようとする映像製作者も
表彰されてよいのではないでしょうか?
彼らにしてみれば表彰するなら金をくれ!
否、表彰するなら脚本(ホン)をくれ! と叫ぶでしょう。
テレビ媒体の存在が危うくなってきつつある今、
時代劇ドラマの存立は、より厳しくなっているようです。

若年層のテレビ離れが甚だしいと云われる昨今
超高齢化社会の到来を控え、今ひとたび
オヤジやオバン向けの番組を製作してみては如何でしょうか。
  NHKの紅白歌合戦だって、ヘタに若返りを図ると視聴率が下がりますよ。
  と、これは余談中の余談でしたな。

さて、録画した最後の鬼平犯科帳。
部屋の灯りを消し、江戸の闇に浸かって堪能しましょうかね。

火付盗賊改方 長谷川平蔵である!
神妙に縛に付け!!

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2016年4月25日 (月)

色はにほえど 散りぬるを

4月25日、サッポロで桜の開花宣言が為されたとか・・・
この辺りでは染井吉野より、地の桜花が優勢を誇ることでしょう。
関東では八重桜が散り、本格的な新緑の季節が到来します。
往く春を想ひ 今季最後の桜花です。

夕景の八重桜
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早朝の陽射しを受ける桜花
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次ぎは藤の花で御機嫌を伺う予定です。

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2016年4月17日 (日)

桜撮りのアレコレ

花の撮影で最も苦労することは
如何に絶好の撮影機会で花と巡り会えるかです。
どの花でも満開の少し手前辺りを好む私の場合
その難易度はかなり高くなります。
毎日が日曜日という方には関係ないでしょうがね。

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特にパッと咲いてパッと散る染井吉野は
好みの撮影機会を得るのが難しいものです。
水辺にある桜花であれば、花筏との取り合わせなどよいですね。

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人物撮影を全く行わない私ですが
雪のように舞い散る花びらの中に立つ女性や
夜桜の下に佇む女性などは撮ってみたいと思います。

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花と見れば接写するのが悪いクセの私。
今年の染井吉野は
心境の変化があったか引いた構図での撮影が多い。
こういった撮影の方が一般的なのでしょうけどね。

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人が入ってもシャッターを切っているのも珍しいかも。
街角での撮影では避けられないのが通行人ですが・・・

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撮影に及んだ日は、花曇りというには厚過ぎる雲の下
陽射しを取り入れた撮影は出来ませんでしたが
逆光ぎみの構図でも撮影主体が暗くならず助かりました。

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今回の撮影はアークヒルズです。
街中の桜花はいかがでしょうか?

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満開ですね。

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2016年3月 7日 (月)

グダグダと、後の雛祭り。

雛人形は、雛祭りを過ぎると直ぐに片付けなければ
娘が嫁(い)き遅れると、いい倣わされています。
我が家には嫁ぐべく娘が居ないので
慌てて雛人形を片付ける必要はありませんが
季節のものは早々に扱うのが道理と処しました。

家人は、姉との二人姉妹。
その母は、妹との二人姉妹。
大袈裟に申せば二世代ながらの女系家族です。
 因みに、家人の姉は二人の娘をもうけております。

そうした女系家族にもかかわらず
家人の実家には雛人形が無かったといいます。
あるにはあったが、
小さいケースに入った漫画みたいな雛人形だったとか・・・
余りの侘びしさに、家人と姉が母親に訴えたところ
新しい雛人形を与えられましたが
それは折り紙で折られ、台紙に貼られたものだったそうな。
段飾りの雛人形を飾ってもらえなかった理由は
場所を取るの一言。
何と合理的な考えか? はたまた情がないと思うか?
母親の手づから折られた雛人形は
あながち情が無いと決め付けるわけには参らぬ困惑。

その事情を斟酌したのではありませんが
所帯を持った最初の雛祭りを前にに買い求めた豆雛。

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心ある方なら直ぐに気付かれよう。
男雛と女雛の位置が逆です、
しかし、古の内裏雛はかような並びであったげな。
今でも伝統を重んじる京都では
かような並び方で内裏雛を飾る家は少なくないとか・・・

どちらの並び方が正しいか?
ネットで調べようと思った矢先、Yahooニュースに記述があった。
向って左に男雛が並ぶようになったキッカケの一つが
昭和天皇の即位の礼だと。

古来、我が国の禁裏で政ごとを行う官吏は
左が上位とされ、向って右が上席となっていたようです。
昭和天皇の即位の礼では、多くの外国要人が列席され
それら外国の慣例に習い、天皇が向って左に立たれた。
以後、今日に至るも皇居の参賀でも天皇陛下は左に立たれ
男性皇族方は左にながれて居並ぶ。

そうした習わしは、天皇皇后両陛下が行幸なさる際にも
しっかり守られている習わしです。
天皇陛下の左に居て、常に夫君を気遣われる美智子皇后の
さり気ない仕種に頬を緩める国民は多かろう。

先に載せた吊るし雛。
かのホテルに、昨日、別の用事で訪れたら
来週まで吊るし雛が飾られているようで
ならばと、時期外れの話題で御機嫌を伺いました。

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2015年8月24日 (月)

秋の気配

朝、出勤する時間帯の空気感が、あきらかに変ってきた。
夜、ゴロ寝状態で寝ているが、タオルケットくらいは必要か?

まだ蜩の鳴き声も聴かぬのに、秋!?
あの猛暑はどこに行ったやら・・・
まだまだ汗ばむ日々は去らぬけれど
鈍感になった都会生活者の肌にさえ、秋が貼り付いてきた。

なんといっても酒が旨い。
フンッ! 年中呑んでいるくせに?
そうです。
春は春の、夏は夏の、秋は秋の、そして冬はなにより。

これから新蕎麦が出ると、蕎麦湯で蕎麦焼酎を割って呑む。
蕎麦湯には、蕎麦よりも蕎麦の成分が融け込んでいるとか?
それで、蕎麦湯は評価が高い流動食です。
旨くて身体によいのは、呑み助には最上の食べ物です。
で? 蕎麦は誰が食べるん!?

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2015年8月22日 (土)

夏の校歌

高校野球、夏の甲子園大会が幕を閉じました。
毎年、新入生が甲子園に憧れ野球部に入る。
そこまで球歴のある同級生なぞ知らず
彼はひたすら野球に打ち込み、聖地をめざす。

野球なんて、全く興味を示さなかった少女が
イヤイヤ、スタンドに座っているうち
これまで知らなかった、心を打ち震わす刻を体験する。

同級生でもないのに、顔を見たこともないのに
いま、グラウンドを駆け巡る校友たちの真摯な姿に
いつしか手を握り締め、声を張り上げて応援している。

試合を中断して、全校生徒が立たされて・・・歌うの!?
ナンだっけ!? 一度、全校応援の練習で歌わせられた。
その時は、ナンでこん歌と思ったけれど
声を張り上げて歌ってしまった。

試合に負けて、もう一度、その歌をうたった。
歌いながら空を見上げると、夏空にわきあがる入道雲。
汗だか涙だかわからず、選手たちの顔に張り付いた泥んこ。
私は、来年もう一度、この歌をうたえる。
野球部諸君! 泥んこ球児たち。
勝っても負けても、私は来年もこの歌で応援するよ!!

栄冠は 君に輝く

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