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2018年6月24日 (日)

曖昧模糊な想ひ出

絶え間なく人々が行き来する新幹線のホームに立ったとき
子どもの頃の曖昧で朧な古い記憶が蘇った。
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実家は家族旅行とは無縁な家庭であった。
その余裕が無かったのが実情だったのだろう。
それでも一度だけ家族で旅をした記憶がある。
行先は母の実家。
列車の中で2泊か3泊して漸く辿り着く長旅だった。
おそらく旅程の前半は蒸気機関車が牽引する各駅停車で
加えて単線のために所要時間が途方も無く掛かった。

車窓の眺めに飽きることは無かったと思うが
一番に心が浮き立ったのは駅弁だったのではないか?
駅に着いて、車窓から身を乗り出して駅弁を買う行為は
子どもにとっては非日常の極みであった。
停車時間が長いときはホームに降り立って駅弁を買えた。
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それでも渋い声で駅弁を売り歩く様は何度見ても飽きなかった。
停車時間は充分にあるのに、列車の端から売り始めると
売り子が傍まで来るのが遅く感じられたと記憶している。
発車のベルが鳴り出しても駅弁を買い求める客をあしらい
絶妙なタイミングでつり銭を渡し
最後は帽子を取って丁寧に辞宜をして列車を見送る。
職人芸だ。

その頃は特急列車でも窓は開けられた筈だ。
列車の窓を開けられなくなって、旅情の一つが失われた。
移動に時間を割くほど日々の生活のゆとりが無い現代では
無いものねだりなのだろう。
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