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2017年9月 6日 (水)

その時そこに居る

この夏、写真展を頻繁に訪れました。
7月、東京都写真美術館で世界報道写真展2017
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左下の写真は人々の部 単写真1位となったものです。
写っている少女は5歳。
IS(イスラム国)の恐怖を味わって故郷から逃避して来た。
私には夢がない。もう何も怖いものはない。
そう静かに語ったという。 
その説明無くしても、少女の瞳には絶望しか見られない。

世界報道写真展2017を訪れた東京都写真美術館で
次の開催予告を見た荒木経惟氏の写真展
センチメンタルな旅1970-2017-
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同時に、東京オペラシティ アートギャラりーで
荒木経惟 写狂老人A
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荒木経惟写真展の狭間で、沢田教一展 -その視線の先に
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報道カメラマンより、写真家と位置づけられる故・沢田教一氏。
UPI通信社の記者として1965年から
ベトナム戦争を米軍に同行して取材した。
常に最前線に身を置き続け、ジャーナリスト仲間から
どこの戦闘にも必ず沢田が居る と感嘆されたという。
彼が最前線に立ち続けられたのは
UPI通信社の後ろ盾はもとより、彼自身の人脈もあったという。

7c210x201y10r109t183t90img_5570 トリミングあり
沢田教一の名を世界に轟かせた1965年撮影の1枚。
安全への逃避
この年、ハーグ世界報道写真展大賞とニュース部門1位を受賞。
1966年には日本人写真家として報道写真部門で
2人目のピューリッアー賞受賞者となる。
また、アメリカ海外記者クラブ賞1位も重ねて受賞している。

ハーグ世界報道写真展大賞では翌年、
ベトコンの女性兵士を両脇から抱えて連行する米兵を撮った
敵を連れてが同賞の2位となり、
死んだベトコン兵士を、戦車で戦果と見せしめとして曳く
写真が同賞の1位を受賞しています。

沢田教一氏は、なぜ過酷な戦いの最前線に立ち続けられたか?
そして、世界から賞賛される写真を撮り続けることが出来たか?
その時そこに居る
これは報道写真家に欠かせない要諦であります。
それは計って果たせることもあり、僥倖によることも否めない。

問題は、同じ場所で同じように撮影しながら、
世界の賞賛を浴びる写真を撮れたカメラマンと
賞賛されなかったカメラマンの違いにあると思います。

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