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2017年5月27日 (土)

故郷の大地を見る

親元を離れ、新しい棲家と実家との行き来は
当時の国鉄に頼り、ほぼ一日掛かりの往復でした。
函館と青森を結ぶ津軽海峡に
青函連絡船が就航していた頃の話です、

社会人になってからは時間短縮が優先されるので
空路での帰省が当たり前になりました。
当時、就航していたのは東亜国内航空で、
搭乗機は日本が誇る国産ターボプロップ機のYS-11。
現在は東亜国内航空を合併吸収した
日本航空の翼に身を委ねています。
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東京国際空港を飛び立った搭乗機の眼下には
暫くの間、雲海が拡がるばかりでした。
三陸沖を通過する辺りから視界が開け始めました。

これは大雑把にいえば菱形の北海道の西南端。
サラブレッドの産地として有名な日高地方の海岸線です。
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この下方が襟裳岬です。

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搭乗機が高度を下げると、現実的な風景が見えます。

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到着した空港から実家まではバスで向います。
上空から見た大地の、この遠近感こそ北海道です。

帰路、往路とは飛行コースが変わって
襟裳岬の上空を飛びました。
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歌手・森進一さんが、春の襟裳岬には何も無いと唄って
地元の人々を激怒させた歌謡曲は昭和の余話です。
既に空路で故郷を行き来していた私ですが
石川さゆり嬢(当時)が唄う津軽海峡の情景に
強く望郷の想いを抱いたものです。

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