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2017年3月

2017年3月21日 (火)

ゴルフ倶楽部よ、そなたも屈するか!?

来る東京五輪でゴルフ競技の会場と決められた
とあるゴルフ倶楽部の規約に、会員は男子のみと定めている。
その規約が五輪開催会場に相応しくないと論議が勃発。

当初、その倶楽部の理事長は報道の質問に対して
我らが招いた五輪ではなく、勝手に会場と決められ
困惑している(発言趣旨)
その言葉の端々に滲むのは迷惑の一語か?

男女同権が浸透している社会(殊更、国際社会)
男性のみの倶楽部運営は、世界の趨勢に反するってか!?
おきぁがれ!!
そもそも倶楽部なんてぇものは、個人と個人が繋がり
各自が資金を出し合って運営される組織である。
故に、その組織独自の憲法の存在が許される。
その定めには、司法とて介入不可な不可侵性が保障されるべき。
その倶楽部の定めるところにIOCが圧力を掛けるなど噴飯ものだ!

コトは決した。
倶楽部は規約の見直し(女子への会員解放)に向うという。
これが逆の場合はどうか?
女子専用の倶楽部への世間の風あたりは如何なるものか!?
差別と、区別と、独自性を混同してはならない。

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2017年3月20日 (月)

猫まんま

炊きたての飯に鰹節を振りかけ、醤油をまぶして混ぜる。
その飯を手早く握り、海苔を奢って握り飯に巻く。

ある小説(私のことですから時代小説に相違ない)を読んでいて
冒頭の記述と出会いました。
コレいわゆる猫まんま
日本列島では大雑把に別け,西と東では文化が別れるとか・・・
猫まんまも、その例に漏れないよいようでありす。
主に東日本の猫まんまは、飯の鰹節を混ぜるものをいい。
西日本のそれは、鰹節の上から味噌汁などをかけたものとか。
今どきのペット愛好者からみれば、非ペット的な食べものでしょうが
そもそも当時の人間ですら、犬猫とは変わらぬ食事を摂っていた。

私の実家がある北海道は、開拓民(屯田兵)などで拓かれた地です。
主に北陸地方からの開拓民が多かったようですが
全国から様々な開拓民が入り込んだと思われます。
故に、文化の融合地であったかもしれません。
その所為か、東西の猫まんまで育った記憶があります。

炊きたての飯に、鰹節(大工が鉋で削った鉋くずのような)をふると
熱い飯の上で、鰹節が飯の熱に踊らされます。
そこに醤油をかけると鰹節がシュンとなる。
鰹節と醤油の香ばしい香を愉しむ逸品です。

一方の、飯に汁をかける猫まんまには
残り物を処理する風情が漂います。
それでも茶漬けよりは一段上の贅沢を味わったものです。

家人は北関東で生まれ育ちましたが
猫まんまは食した経験がないといい、それを蔑む向きがあります。
また、味噌汁に生玉子を落として食べる食習慣もないという。
こうした些細な経験の違いが、夫婦間で軋轢をよびますな。

閑話旧題

幼き頃、実家で食べたバター醤油飯しは、彼の地に独特のものか?
アツアツの飯しにバターを一切れのせ、醤油をひと垂らし。
サッと掻き混ぜ食べるのは、酪農王国ならではの食べ方か?
まさにバタくさい食べ方であります。
猫まんまプラスワン!

それぞれが生まれ育った家庭環境の中でも、食習慣は
人生の多くを支配する重要な要素だと思います。
食習慣が人間関係を円滑にもし、軋みを生じたりもします。
たかが猫まんま、されど猫まんま。
別して軽んずべからず。

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2017年3月19日 (日)

如何で御座ろう同病の各位

花粉症 厄介であります。
この数年は重い症状が現れず油断しておりました。
うまくすれば、このまま厄介者とオサラバできるかと・・・
事実、年々症状は軽くなっていました。
しかし、今年は数年来のツケを払わされた気分です。

3月最初の日曜日あたりから花粉症の症状が悪化。
その典型的な症状である鼻水、鼻づまり、クシャミは
日常生活や仕事の場で集中力を削ぎます。
目の痒みにしても然り。
この記事は、その頃に書き出したものですが
集中力の低下で書き足し儘ならず、本日に至ります。
撮影で街に出る気力も失せ、休日は引きこもり状態です。
現在の私より重い症状を抱えていらっしゃる御同輩には
心から御見舞い申し上げます。
春の彼岸が過ぎれば、もう少しの辛抱です。

幼い頃から鼻水たらし小僧だった私。
 (高度経済成長期前のガキは、等しく鼻たれ小僧でしたが・・・)
親や親戚から、お前は鼻の病気をもっていると言われ続け
子供心にも気分が凹んだものです。
実際に耳鼻科に連れていかれたこともあります。
結果は原因不明。
当時はアレルギー性鼻炎など、学会でも一般的でなかったか?
成人してからハウスダストに注目が集まったりしましたがね。

今年は花粉症の症状であるクシャミ、鼻水、鼻づまりに加え
咳が伴っています。
例年なら12月から1月辺りに出る症状で
アレルギー性の咳だと自己判断しています。
半月から1ケ月近く出て、周囲のヒンシュクをかいます。
喉の異物感を排除しようとして出る咳ですから
ウィルスを撒き散らす咳ではありません。
それでも他人から見れば咳は咳。
マスクで周囲への気配りをしています。

こうした事情からブログの更新が滞っておりますが
ボチボチ復帰できるかと存じます。
又のお越しをお願い申し上げます。

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2017年3月18日 (土)

紫煙ばかりか、湯煙までも!? (改)

前回の記事で、喫煙者に対する国(厚生労働省)の対応に
疑問を投げかけました。
この記事に対するコメントへの返信で申し上げましたが
受動喫煙対策(受動喫煙を排する施策)の遅れが
諸外国からの非難に晒されているようです。
非喫煙者の健康を護る為の、喫煙者への対応の立ち遅れが
国際的な受動喫煙排除の流れから外圧を受けているとか。
我が国は受動喫煙への対策が最も遅れた国の烙印を押された。

厚生労働省が受動喫煙排除に躍起になる背景に
2019年と2020年に相次いで日本で開催される
ラグビーのワールドカップと、五輪パラリンピックがあるといいます。
諸外国から観光客が来日し、メディアなどから脚光を浴びるなか
喫煙者と非喫煙者が同席する飲食店の存在を隠蔽したい。
いやさ!ナンとしても両者を隔離して於きたい?

こうした臭いものには蓋をするが如き対応は
別の側面からも垣間見える。

WEBニュースで詳細を読み損ねた記事に、
政府が公衆浴場の経営者に対し
海外からの観光客の入れ墨者に寛容であれ
とする文書を出すような見出しを見つつ
記事の詳細を読み損ねた悔いがあります。
その内容は、公衆浴場に入れ墨を処した者えお受け入れよ
とする文書を出すと推測されるのですが・・・

入れ墨者が、我が国の公衆浴場に入浴できるか否かは
そうした文書の存在に影響を受ける訳にはいかない。
2019年や2020年を見据えた施策だろうが
我が国にある根強い国民感情として
入れ墨者を受け入れる敷居は未だ高いと思われます。

飲食店で、一定の敷地以上を有する店舗に分煙を強制するより
更に厳しい施策となりかねないのが公衆浴場への関わりです。

諸外国で、TATTOOは市民権を得ている、という。
故に、TATTOOを施した外国からの観光客の公衆浴場への
立ち入りを問題なし、とする見解は如何なものか?
日々の暮らしを営む日本国民の心の内に
土足で踏みにじるが度説き愚挙を見逃す訳にはいかない。

風呂は、日本人にとって重きを置く日常である。
単に身体の汚れを洗い流すのが目的の場ではない。
まして、ハレの日の温泉となれば格別の思い入れがあります。
そうした心身の憩いの場である公衆浴場で、
入れ墨者を排してきた浴場主の苦労は測りしれない。
それを、お上の威光で根絶やしにして受け入れよとするか!?

2020年の東京五輪は、おもてなし をもって招致に成功した。
これは吾が国の伝統・美意識・価値観などに根ざしたのもで
施さねばならず、決して外国のそれらに迎合したものではない。

クールジャパンなどと浮かれ、五輪閉会式に
我が国屈指のゲーム主人公に扮して登場した内閣総理大臣閣下。
そんな遊びに現を抜かすヒマがあれば
吾が国民の日常生活、庶民感情をこそ海外に喧伝すべし。
その手法として、いわゆるクールジャパンを利用するなら異存無し。

日本人の湯や、その場に対する思い入れを
内閣総理大臣閣下がクールジャパンをもって喧伝なさるがよかろう。
この場合、扮する主人公は鬼太郎の目玉親爺がよかろうと存ずる。
椀の湯船につかりながら、日本人と湯の関係。
日本人が入れ墨を忌避する歴史など説からてはいかがか?
あっ! 今はそれどころではない重大な問題を抱え込んでおられる。

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2017年3月 3日 (金)

あえて喫煙者の肩をもってみた、が・・・

昨今、喫煙者は肩身が狭い思いをなさっておろう。
私も嘗ては喫煙者でありました。それも筋金入り。
色々な銘柄を吸った後、どれも満足できないのは吸い過ぎ故?
仕舞いには、一日に缶ピーひと缶では足らず
箱入りのショートピースを二つほど持ち歩いていました。
  缶入りピース(缶ピー)は、両切りピース50本入り。
  箱入りピースは、両切りピース10本入り。

その当時でさえ、喫煙者は嫌煙者の非難を浴び、
煙草の煙が漂う(受動喫煙)ことを非難されことしきり。

さて、
喫煙者の皆さんが初めて煙草を吸った年齢はいつのことか?
大人を気取り?、無頼(ヤクザ)を気取り?
10代から喫煙した人は少なくは無かろうと存ずる。
私は煙草への関心より、ヒッピー文化への盲従的な憧れから
魔法の煙りを吸うための練習としての喫煙開始でありました。
結果として、その非合法的な「喫煙」経験は一度だけ。
残ったのは日常的な過剰な喫煙による嫌煙気分。

とき、長男の初誕生日前後。
小児喘息手前の症状をていし、秋刀魚を焼く煙りすら害だと。
オヤジは、住まいのテラスでホタル族。
予め定めた10年の喫煙期間を過ぎて3年、
ここら辺りが潮時とスッパリ断煙しました。
爾来、私は筋金入りの嫌煙家です(苦笑)。

非喫煙者の傍で煙草の煙りを吸わされる受動喫煙の迷惑より
遥かに迷惑を被るのは歩行喫煙だと気付いていますか?
火がついた煙草が子供の目に入る危険と言われます。
これも大事。
しかし、煙りを吸い込む不快感を招くのが歩行喫煙。
煙草を吸いながら歩く人の後ろには
船舶の航跡の如く、煙草の臭いが長くたなびきます。
風が無ければ20~30メートル後方まで煙草の臭いが残る。
擦れ違っても似たような状況となる。
これ不快の極み也。
ことほど左様に、喫煙は不快で寛容の余地なし。
と、いえども・・・

前置きが長過ぎました。
本日の主題は、政府が喫煙者を追い込もうとする様への疑問。
先の新聞投稿で、店舗内の喫煙を禁じた結果
路上での喫煙が増え、非常に不快な思いをする。
というものがありました。
政府は、飲食店などで、ある一定以上の面積を有する店舗に
喫煙所を設ける施策を検討しているとか・・・

例えば、東京・新宿のゴールデン街に犇めくバーなどの呑み屋で
この施策に抵触する店舗が出るという。
精々10人も客が入れるかどうかの狭い店舗で
如何様に喫煙所を確保できるか!?
まさか店舗の面積より大きな喫煙場が出来るとは思わないが。

飲食店の主にとって、店は城であり、聖域であらねばならぬ。
主が許すなら喫煙も野放図であって然るべき事柄である。
店主は堂々と喫煙歓迎の看板を挙げるがいい。
それを嫌う嫌煙者は入店を嫌えば済むことだ。
そうした流れを為政者が仕切るを正とするか?邪とするか?

所詮、飯を喰う。酒を呑む。煙草を吸い談笑する。
これらは嗜好の限りである筈だ。
為政者は、官軍の御旗の振り方を誤るべからず。
返す刀で、喫煙者の道徳観や倫理観にも訴えるものであります。

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