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2016年8月

2016年8月28日 (日)

五輪に想った馬鹿ばっかり! ~仮に中編~

五輪で女子レスリング四連覇を達成した
伊調馨選手に国民栄誉賞授与されるらしい。
五輪の同種目で三連覇した吉田沙保里選手に次ぐ栄誉だが
その時間差がわからん。

北島康介さんの日本水泳界への功績は大きい。
彼は吉田選手や伊調選手と同じく紫綬褒章を受けている。
何事にも賞を授ければ佳しとはしないが、
その功績を讃えるには形があってこそ好ましい。

ロンドン五輪で個人3連覇がついえた北島康介さんは
400mメドレーリレーで銀メダルを勝ち取る。
その時のメンバーであった松田丈志選手が
「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と発言したが
その発言が巡ってネット上で取りざたされたそうな。
要するに上から目線だ、ということらしい。
ロンドン五輪では北島選手の個人競技記録より
メドレーリレーの記録が上回り、銀メダルに最も貢献した。
というのが論旨だ。
「好記録で泳いだ北島選手の足を引っ張らずに済んだ」
と言えばよかった、などのネット上の発言もあったそうな。
それならアンタ、彼らと同じ立場、時間で発言してみぃ!!
世間では、そうした発言を屁リクツとか
揚げ足取りなどと云われて蔑まれるのだよ。

そのとき既に日本水泳界の伝説になりつつあったのが
北島康介選手だ。
その北島選手への敬意を抱きつつ、
日本水泳チームとしての団結心が言わせた言葉だと思う。

松田丈志選手は、リオ五輪で同じ趣旨の言葉を贈られる。
800mリレーで胴メダル獲得メンバーの一員になったとき
メンバーから「松田選手を手ぶらでは帰すわけにいかない」と。

リオ五輪では、女子卓球団体メンバーからも聞くとこになる。
団体で銅メダルを勝ち撮ったチームの一員の
伊藤美誠選手が年齢で一回り上の福原愛選手への一言。
「愛さんを手ぶらでは返せない」
昨今、手垢の付いた言い回しが横行しているが
こうした洒落と、思いやりを感じる言い回しなら歓迎したい。

話題の論旨が大きくそれてしまいました。

一方で、選手たちを支えた指導者の存在を忘れてはならない。
北島康介さんをはじめ、多くの優れた水泳選手を育てた名伯楽に
平井伯昌コーチがいらっしゃる。
シンクロナイズドスイミングでは井村雅代コーチの存在が大きい。
こうした優れた指導者を文化功労者などとして表彰してはどうか?
その栄誉に十分に値する功績をお持ちだと思うが・・・

再び話題が逸れます。

この後、パラリンピックが開催される話題の中で、
有力選手が紹介されています。
そんな中で、一つ違和感を感じる映像がありました。
陸上競技の選手のうち、片脚を失った選手は義足を用います。
押しなべて、短距離走などに優れた成績をおさめる選手は
幅跳び競技でもメダルを争う存在のようです。
私が観た映像は、義足で踏み切りをする幅跳び選手が居ました。

その義足、海賊王のキャプテンクックが、
海賊船の甲板上をコツコツと歩く一本棒の義足とは違います。
強靭な反発力を持つと思われるバネ板です。
その義足で踏み切る幅跳び競技とは如何なものか!?

パラリンピックとは、身体に傷害を抱えながら
残された四肢や、視聴覚を最大限に活かし競技する。
そんな競技ではなかったのか?

あの義足で競技する選手を見たとき
パラリンピックは身体能力を競う競技ではないと感じた。
工業力や科学力を競う競技会。
スポーツエリートとか、サポートやスポンサーを思う。
傷害を持つ人を弱者だと考えるのは
傷害を持たない者が居抱く傲慢なのか?
パラリンピックを冷めた目で観る私がいます。

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2016年8月24日 (水)

五輪に想った馬鹿ばっかり! ~仮に前編~

ハイッ!この記事の責任者は私です。
よもや有るまいが、炎上するなら燃え上がれ~っ!

敗れ去りし勇者にも誉あれ!
五輪は何回観ても心を揺さぶられる試合や、
勝敗が決した後の選手たちの振る舞いに胸を熱くします。
吉田沙保里さんが4連覇を逸し、マットに突っ伏した姿は
痛々しくも映りました。
どれ程の重圧が彼女の双肩に圧し掛かっていたのか?
勝って当たり前の流れの中で、よもやの敗退。
インタビューで謝罪する吉田沙保里に
過去にメダルを待望され、敗れ去りし選手たちの姿を重ねた。
あなた達は何の為に五輪の舞台で闘ったか?
わたし達は、あなた達に何を求め過ぎたか?

阿修羅の如く、菩薩の如く。
格闘技を競う女子選手が、戦いの場で見せる表情は厳しい。
烈女の凄まじい表情を見ると、嫁の貰い手が無くなる、と
要らぬお節介をしてしまいますが、
勝利の瞬間には菩薩もかくや!と想わせる和らいだ表情に戻る。
その瞬間の彼女たちの表情の美しさを見るのが五輪の醍醐味。
その貴重な体験を、今後の人生に活かして活躍してください。

絶対王者とはナンゾや!?
男子競泳のフェルプス選手。
男子陸上短距離のボルト選手。
女子レスリングの吉田選手も然り。
付け足しで、男子柔道のニゲール、もといリネール選手。
 しつこいねぇ・・・
絶対王者は今回も勝った。
悔し涙にくれた絶対王者が居た。
勝負を逃げ回って勝者になった絶対王者も居る。
絶対王者に課せられた宿命は、勝ち続けることではない。
その王者に追いつき、追い越し。
更なる高みへの目標となる崇高な存在こそが絶対王者たりえる。
あなた達は、いつまでも夜空に輝き続けるキラ星のような存在だ。

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2016年8月21日 (日)

この夏に想った馬鹿ばっかり。

今上天皇陛下が生前退位を望まれた話題と
おバカな話題を併設するには恐れ多く
別立てで、不謹慎な話題を並べてみました。

既に旧聞で恐縮。
米国MLBで活躍しているイチロー選手が
MLBの最多安打記録に並び、越えた。
それまでの記録保持者はピート・ローズ。
 (監督時代に野球賭博を犯し、米国球界から永久追放された。)
そのピート・ローズが噛み付いた。
日本と米国とを合わせた記録は承服しかねる、と。
こともあろうに、高校時代の記録を合わせる恐れありとも・・・

チャーリー・ハッスル (ピート・ローズの愛称)
君のMLB最多安打記録は、イチロー選手の日米合算の記録より
遥かに優れた記録です。
君にあって、イチロー選手に無い唯一の才能が
君の偉大な記録と誇りを支えているのです。
その偉大な才能は、イチロー選手より遥か劣る鈍足です。
君は言えばよかったのです。
高校時代の記録を加えられかねない、より
イチローは、私と同じ鈍足で私の記録に並び得たか!と。


日本柔道の精神と、世界JUDOの現実は
益々乖離しているようだ。
今回の五輪で、男子柔道競技の最終戦
100kg超級の決勝は、仏国のニゲール選手と
日本の原沢久喜選手の対戦になったが
漸く世界JUDOの流れとなった組む柔道を無視した
仏国選手によって、柔道とは似ても似つかぬ競技になった。
そうした悪しき流れを判断できない審判の低い技量も問題だ。
世界JUDOは何処を目指すのか?
低劣な五輪決勝を黙認するなら、早晩その権威は失墜する。
  [訂正します]
  仏国選手の名前は
ニゲールではなくリネールでした。
  訂正して、本人には心からお詫びいたします。


国民的アイドルグループが解散するという。
その報に接して何も感じなかった私は
日本国民ではなかったのか!?

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2016年8月17日 (水)

この夏に想う

71年、31年、そして1年。
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我が国がかかわった戦争の終結から71年目の夏。
天皇陛下が生前退位のお気持ちをあらわに為された。
82歳というご高齢で、公務をこなされる毎日。
ご自身の健康に不安があり、
公務を無事に遂行されるかの不安を抱えられ
熟慮の末に明かされた御本心と思う。

象徴天皇として、常に国民と供に在ろうと為された陛下を
心から慕う国民は限り無いと思われます。
政治的な発言は一切為さらずも、
そのお言葉は広く国民を思うものであり、行動で在られた。
災害時には、いち早く被災地を訪れ
被災者を慰めてまわれることを欠かさない。
そうして陛下と接した人々は、いつまでも御元気に
自分達を見守っていていただきたいと願おう。

今年、陛下は自ら望まれ、先の戦争の激戦を地訪問され
昭和期、天皇家が抱え続けた負の遺産に区切りをつけられた
といえば、隣国などからの異論を想像できなくはない。
勿論、国内のある勢力からの批判もあろう。
しかし、激戦の慰霊碑の前で深く頭を垂れられる陛下の
その両肩にのし掛かった悔いの想いと
背中が語られる鎮魂の想いを拝察するに、
生きて反戦を訴えられる、かけがえのない存在であられる。

顧みるに、我が国の政権の在り様はいかばかりか?
他国が、第三国にチョッカイを出した紛争に
気軽に自衛隊を派遣する路を開いた。
71年護り続けた日本国憲法を改悪するに躊躇しない。
かの為政者は、陛下の後ろ姿をどのような思いで伺ったか?
俗に云う、「爪の垢でも煎じて飲ませたい」と思うが
あの戦争オタクに効き目は無かろう。

天皇の生前退位は、過去に例があるという。
しかし、象徴天皇としての生前退位には
数多の法律上の規制があり、困難を極めるようだが
いわゆる永田町や霞ヶ関の住人が、停滞無く問題に直面し
新しい天皇家の在り方を模索する時期に来ていると思う。

おそらく、天皇陛下は退位された後も、
日本国民を想うお気持ちにかわりはなく
世界平和への願いもかわられまい。

不遜を顧みず申し上げれば
日本の爺様として、広く国内や世界に慈悲の眼差しを向けられる。
そんな安寧な日々を送っていただきたいと、切に願います。


冒頭の31年目と1年目については
わたくし事の瑣末な話題につき、割愛させていただきます。
一つ、家人は一年を経て元気にしていることを御報告します。

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この写真と、本日の記事との関連はありません。
しかし、色々と考えるところがあった日々・・・
何となく心に残る風景でした。

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2016年8月 4日 (木)

往く河の流れは絶えずして・・・

雲の流れも泡沫の如し。

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驟雨の後、入道雲とはいかないまでも夏空に白い雲。
瞬時に変る姿に焦ってレンズを交換するが、かくの如し。

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2016年8月 1日 (月)

過ぎたるは

頻繁に花を撮るわりに、花の名を知らず。
少しは勉強したらよいものを・・・

この花、
かすかな記憶を辿れば、スイフヨウの名前が浮かぶが
悪いクセでマクロレンズで撮影すると、何の花か判別つかず。

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