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2015年12月13日 (日)

新聞は社会の木鐸でありえているか?

11月20日の記事で、作家・山本一力氏の思いを伝えました。
同じ著書にある一文にも共感したので取り上げます。
山本一力著  大人の説教  文春文庫版から下線部分を引用。

木鐸とは、中国の古事になぞらえた言葉で
意味は、世間の人々を正しく教え導くところにあるといいます。
転じて、新聞は社会の木鐸と為す。

作家氏は、今この表現に疑問を越えた憤怒の思いを馳せる。
汚い日本語やひどい表現を使うことに鈍感だからだ。
痛痒も感ずることなく、恥じてすらいないと思う。

作家氏の舌鋒は、新聞が使う省略語に向っている。
スマホやらメアドやら、書き出したらキリがないという。
紙面には、恐らく無造作に使われている省略語が氾濫する。
人々の話言葉ならば、如何にひどい言葉遣いをしようと
それは個人の勝手だが、新聞は断じて違う!と。
正しい日本語、美しき日本語を後世に残していくことは、
新聞の社会的使命の一だろう。

この論理に、新聞人は如何に応えるか?
過日の新聞コラムで、日本人の言葉省略を賞賛?していた。
新聞は汚い日本語を正しい日本語と承認したに等しい。

私が、こ作家氏の一文に反応したのは
昨今紙上などで見かけるマタハラなる省略語にあります。
読み進むと妊娠した女性への社会的なイヤガラセとわかる。
股腹!? そんなバカなっ!!
  オヤジの発想も新聞に似たり?
そもそもマタハラなる言葉が妊娠女性への侮蔑である。

作家氏が挙げるように、紙面に省略語を見ない日は無い。
百歩譲って、見出しに使える言葉の数には制限がある?
ならば本文中では本来の表記をしてしかるべき。

ハラスメントという言葉の源流は
セクシャルハラスメント辺りにあるか?
以後、ハラを付加した省略語が氾濫する。

百歩も千歩すら譲って、個々に意味を持つ漢字ならば
迂闊に省略しても意味を推測できる。
時短とあれば、時間短縮と解せる。
就活となれば、就職活動だと推測は可能だ。
  もっとも、婚活だの終活などと乱用はなはだしいが。
しかし、カタカナ語の省略は意味を推し測れない。
言葉一つに命をかけろ! とまでは言わないが
書いてナンボ、しゃべってナンボの諸氏には
くれぐれも胆に命じて欲しいものです。

作家氏は続ける。
言葉は生き物で、ひとり歩きを始める。
言葉の本来の意味を言い換えで薄めることが
社会や人々の意識を軽く導く。
窃盗や盗人を、万引きと表することで、
その犯罪に手を染める者が後を絶たない、と。

仰せ、至極ご尤も。
売春や買春を、援助交際と言い換えることで
あたかも社会福祉事業と混同させる愚挙。
明らかに暴行や恐喝行為でありながら
イズメと表して犯罪性を薄める共同正犯。

新聞人よ。マスメディア人よ。
人々の痛みと乖離して、その存在意義はるか?

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