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2015年11月 8日 (日)

宇江佐真理さんを悼む

今朝、新聞の片隅にあった記事を読み
思わず アッ! と声をあげてしまいました。
そのような事、私にとって常には無いことです。

作家 宇江佐真理さんの訃報。
勿論、この作家の名前をご存知ない方は多くいらっしゃる。
よって、コトの重大さには頓着なさらないと思います。
しかし、その記事に接した私が抱いたのは
まず大きな驚きであり、取り返しがつかないという落胆であり
その後に襲った底知れず深い悲しみです。

私たち読者は、これまで数多の作家を葬(おくり)りました。
中でも連載を抱えたまま逝かれた作家の死に
取り残された読者は途方にくれます。

小説の分類に、歴史小説があります。
司馬遼太郎氏の作品に代表される
史実を伴った重厚な内容の小説群であります。
史実を克明に紐解き、過ぎし人たちの日々すら明らかにする。

一方、時代小説は、江戸の市井に活きる庶民の日々を描く。
宇江佐真理さんは、そうした江戸の風景や、人々の生活を
活き活きと描く才に恵まれた作家でした。
誤解を恐れずに申すならば、昭和30年代に躍動した
日本映画界が描く時代劇に等しい活きた江戸を描いていらした。

時代小説を好んで読むオヤジ達の読書遍歴は
まず、池波正太郎氏を嚆矢とし、次いで藤沢周平氏を読破。
その後の至るのが佐伯泰英氏といわれています。
私は、まさにそのままの読書遍歴を経ましたが
さて、その後に読むべき作家はどなたか?

行き着いた作家が宇江佐真理さんでした。
読者にとって、連載小説が作家の死によって途切れるのは
断腸の思いがあります。
例えば、池波正太郎氏の鬼平犯科帳が未決は余りにも悲しい。

宇江佐真理さんには、髪結伊三次捕物余話がある。
密かにライフワークと想っていらしたのではないだろうか?
彼女が紡ぎ出す江戸の何気ない日々。
貧しくも明るく生きる庶民の活力。
悲しみさえ笑って過ごそうとする健気さ。
一本! スジを通さねば引かぬ堅気の心粋。
それらは宇江佐真理さんの人となりをあらわしたに過ぎない。

北海道の函館に居て、江戸の粋と、痩せ我慢を体現された
それは小股が切れ上がった佳い女であった
生意気にも賛辞を贈らせていただきます。

宇江佐真理さんのご冥福を心から祈ります。
               合掌


文中にて、男性作家と宇江佐真理さんの敬称が違うのは
男女不平等に非ず。
宇江佐真理という作家には
「さん」が相応しいと確信します

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