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2015年3月

2015年3月31日 (火)

日本橋室町、春あかり。

日本橋室町の仲通りで催されている花見舞台は
こじんまりとしており、ある種の粋を演出しているようです。
それに対して表通りではビルの壁面を桜で彩って
華やかさを演出しています。

あの越後屋さんも、まさに春爛漫の風情です。
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建物の脇も小判色ならぬ、桜色に染まっています。
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このビルは、日頃からライトアップされていますが
春の装いとなるとガラリと印象がかわります。

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桜の花びらを映し出します。

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2015年3月29日 (日)

花見舞台  ~日本橋室町・仲通り~

東京の日本橋に接する日本橋室町。
3月6日から4月12日まで桜色のライトアップが為され
華やかで幻想的な街並みが浮かび上がっています。

その一つ
商業施設のコレド室町1と2に挟まれた仲通りでは
花見舞台と名付けられ通りに彩りそ添えています。

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手前がCOREDO室町1、右奥がCOREDO室町2。

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仲通りを桜色の灯りが覆います。

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提灯というと、とかく無粋に成りがちですが
日本橋だけあって小粋な意匠が目を惹きます。

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こうした電飾のサクラも好いものです。

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仲通りを抜けると福徳神社の鳥居が見えました。

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2015年3月27日 (金)

お代官様、恐れ入りましてございます。

徳川家康が、その日本橋から五街道を整備した中で
最も隆盛を極めたのが東海道だったと思います。

現在の日本橋と接する町名が日本橋室町です。
ここには江戸期の創業を誇る三越本店が店を構えています。
この三越、創業時はご存知のごとく越後屋と称しました。

昨年から三越が採用したそうな春の宣伝コピー。
道行く人々が様々な反応を示すとか・・・
無論、映画やドラマの時代劇で数多聞かれる台詞が元。
越後屋の醜聞を逆手にとった業ありの秀作。

桜の季節に呼応し三越をはじめ、日本橋室町界隈が
桜色にライトアップされた様は次回のお愉しみです。

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2015年3月26日 (木)

一文(もん)の徳

その大きな旭日や
深い群青と橙色が織りなす空の彩りを見たさに
休日に早起きをして撮影に向いました。
とはいえ、平日と同じ時間帯に起き出しただけですが・・・

しかし。
その朝は、東の空に雲が低く垂れこめ
昇ったばかりの旭日を見ることが叶わず。
また、僅かに冬から春に入れ替わった大気は
澄んだ群青色を見せることはありませんでした。
ほんの数日遅れたことで
早起きは三文の徳とはいきませんでしたが
一文ほどの徳にはなったようです。

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2015年3月24日 (火)

徳の朝焼け

「春は曙」という有名な一節があります。
墨に染まった空が、漸く明け僅かに白みはじめる。
そうした刻と、目に染まる明暗の心に沁み入ることよ・・・
とでも申しましょうか?

その曙から僅かに刻を経て
天空を支配する深い群青を
今、まさに昇らんとする旭日の魁が朱に染め上げていく。

淡い点と想えた朱は、やがて緩やかな弧を描き
主の行くべき天道の露を払う。

やがて姿をあらわした旭日は
力強い光芒を放つまでの刹那
濃い朱に染まり大きな真円を露わにする。

大気に真冬の欠片を残した春の夜明け。
染みきった穢れない視界を
真新しい旭日の朱が沁みていく。

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2015年3月23日 (月)

己に枷を

日々の雑事に紛れ、当ブログの更新が滞り勝ちです。
そこで用意している話題を先に公表することで
ブログ更新への枷としてみては?

そんな出来もしないことを・・・
と危惧しながら、控えている話題を予告してみます。

まずは3月20日の記事、日本橋から の続編として
日本橋室町、春あかり。

この時期の日の出どきを捉えた
徳の朝焼け。

いずれも今週中に公開できますものやら・・・

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過ちては即ち改むるに憚ることなかれ

国家を為する法制度を、一般の国民が携われる余地はない。
それは為政者(国家権力を掌握した勢力に過ぎない)の独断行為である。
時に、それらの法制度は改正の名の下に改められる。
しかし・・・

徳川幕府の五代将軍であった徳川綱吉。
犬公方と称せられたという将軍が、天下に布告した法令が
生類憐みの令とされています。
この法令は犬の保護にはじまり、
次第に生きとし生けるものへ伝播されたといいます。
この変遷を今日的に申せば改正となるのでしょうな。

しかし、これらの改めは
果たして、庶民にとって改正といえるものかどうか・・・
己を襲う蚊や蚤を叩いて打ち首になったのでは浮かばれまい。

改正とは、言葉の上の魔術なり。
改正が先に行って正しかったと評価されるか
間違いであったと指弾されるか?
我々は今この時、先を見据えた判断をせなばならない。

刻々と変化する世界情勢において
一国のみ安穏と平和ボケして済まされるとは考えない。
それだからこそ短絡的にして安易な対応が正しいのか?
そもそも、最も平和ボケしているのは
現在の国会議席で優位に立っている勢力ではないか?

立党の最大指針が、憲法を改める一点にある政党に
国家・国民の命運を、選挙で付託した国民が居るのだから
民主的な選択といわざるを得ないが、
それは数の論理を振りかざす権力政党の思う壺

本来は、言葉を厳選に選び抜いて駆使すべき言論勢力
たとえば新聞の紙面に於いてすら、
権力政党の言葉を追認している。

その真相が改変なのか?、大きく譲って改定なのか?
所詮、どう繕ったところで改憲の表現は逃れられない!!
と、思うのだが・・・

己の生き血を吸う蚊や蚤を打った結果が
己に帰ってくるのなら納得もしようが
他人の生き血を吸う蚊や蚤を打ち据えたことで
当方に災いが転じるならば何をかいわんや。

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2015年3月20日 (金)

日本橋から

都市計画の名の下に、日本橋から空が失われた。
その事実は承知していながら、
日頃は見ることがない上から眺めると
やはり無残というほかはない。
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橋だけでなく、川からも空が失われた。
この状態で川が本来持っている筈の浄化作用は機能するのか?

徳川家康が整備した五街道の起点たる日本橋。
現在、国内の道路の原点とされる道路元票はここにある。
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帝都・東京を護り睨みを利かす獅子。
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そして麒麟。
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その日本橋界隈が
夜になると桜色に染め上げられている。

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2015年3月18日 (水)

何を撮っていますか?

先日訪れた新宿御苑。
桜など季節の花を撮影せんと
沢山のカメラマンが思い思いの構図で撮影されていました。
その装備たるや千差万別。
携帯・スマホから三脚を据えた重装備のカメラ男女まで
様々な撮影装備が散見されました。

私の関心事は、その装備にあらず。
一体、どのような構図やサイズで被写体に迫っているのか?
中には同一構図で連射している御仁も居られるが
大概に、それほど撮影結果に変りがあるものか?

そんな事を考えつつ
ハクモクレン (花の名は足下のプレートで知りました) を何枚か
サイズや構図を変えて撮影してみました。
あなたなら如何なる撮影をなさいますか?

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私のイチオシは、この一枚。
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2015年3月17日 (火)

みちばたの春

あまり大仰ではなく
つい見過ごしてしまいがちな、ささやかな春。

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うつむき加減な花を、無作法に覗き込んでみました。

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毎年のこと、通行人の眼を愉しませてくれる早咲きの桜。
そろそろ散りはじめています。

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暖かそうな外套を脱ぎ捨て
大きな花を咲かせようとしています。

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フワフワと、飛び散る瞬間を待っています。

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さあ! 準備はできた。

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2015年3月15日 (日)

I さん、サクラ先遣隊です。

新宿御苑に桜花を求めて参りました。
むしろ先見隊と当てた方がよいかもしれません。

本命の染井吉野の開花予想日まで十日余り。
早咲きの桜がチラホラ見られるだけで
そうした花を探すのに苑内を右往左往しました(汗)。
尤も、染井吉野が咲いたら咲いたで人の波。
花を撮っているのか、人を撮っているのか分からん状態。
とはいえ、接写しかしない私には関係ありませんが・・・

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少ない花を求めて集う人々を避けて一枚。

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可憐な花に注目するも名前は不明です。

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木に名札がついていると助かります。
寒緋桜とありました。

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無心に花の蜜を吸う鳥。
花の名前にも、鳥の名前にも疎い私ですが
メジロでないことは確信しました。

修善寺寒桜だそうです。
本日の主演女優たる華やかさに満ちていました。
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2015年3月11日 (水)

何が違う?

それぞれ二枚で一組の写真。
昼間の撮影、夜間撮影そしてマクロ撮影と三者三様。
二枚の写真で何かが違います。

間違い探しや、隠れキャラクター探しの遊びとは違います。
恥ずかしながら、私自身も違いを判別しかねます。

昼間のフラットな画調。
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夜間撮影。
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マクロ撮影。
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2015年3月 9日 (月)

2週間経って

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まだ蕾だった河津桜が三分咲きほどになりました。
別の場所では、花を開かせ始めた八重桜を見ました。

東京の染井吉野は3月26日が開花予想日とか。
今年も心騒ぐ日々がやってきます。

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2015年3月 8日 (日)

アンタが景色でどうする!?

不遜とか傲岸とかのソシリを受けることは覚悟の上で
やはり今日も言わねば、私の気が済まぬ。
私自身のわがまま勝手と承知しておりますが
やはり何処かが違うのではないか?

これまでも重ねて申し上げてきました。
多くの人が集まり、こぞって写真撮影を愉しみたい場所で
折角の美景を損なって気付かぬ無粋な存在。
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この時、私の隣りでカメラを構えていらしたご婦人が
やっぱり難しいですねぇ・・・ と、去って行かれた。

このカメラマン氏は手持ちカメラで、右や左に移動され
三脚を据えて長時間動かない御仁よりはマシではあるが
私たちの被写体前をウロウロされた事実は変らない。

ご自分の思いを周囲に重ね、もう少しの配慮があれば・・・

ということで粘った一枚。
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2015年3月 3日 (火)

波頭を越えて ~帆船練習船・日本丸~

横浜港の一角に、日本丸メモリアルパークを与えられ
静かに余生を送る初代の帆船練習船・日本丸は
1930年(昭和5年) に進水し、1984年(昭和54年)
引退するまで、数多の船乗りを育てた。
日本丸の全長97m、全幅13mは、船内を巡ると大きさを感じ
外から眺めると然程大きくは感じない。
この船で大海原に乗り出し、数々の航海を乗り切ってきた。

日本丸の船内に盾が掲げられている。
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日本から米国へ、一隻の船が初めて訪れてから百年を経て
日本丸が米国の桑港を訪問した際に贈られた盾である。

1860年(万延元年)、当時の徳川幕府が所蔵した咸臨丸。
その全長48.8m、全幅8.74mと比べると遥かに大きいが
大海原の自然と対峙するには、決して万全とはいえない。

それでも船内の整然と統制された様を見るにつけ
大きな波を一つ乗り越えるたびに、船乗りとして成長した
練習生たちの日々を想い描くことが出来るように思えた。

苦難の連続の航海において、何より愉しみなのが食事か?
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思わず小学校の給食室を思い出した厨房は
日々の航海で疲れた練習生ばかりか、熟練の指導者にも
大きな安らぎを与えてくれたと思われる。

練習生などが食事を摂る食堂の壁に、件の盾が飾られ
あたかも練習生を鼓舞するかのような存在感を放っていた。
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流石に士官専用のサロンは、海の男に相応しく
洒落た雰囲気を漂わせていた

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2015年3月 1日 (日)

分解写真と高速度撮影

分解写真 と読んで、瞬時に何のことか理解できる方は
昭和中期に多感な時期を過ごされたことと思います。

国内にテレビ受像機が普及して間もない頃
テレビ番組の重要な分野にスポーツ中継がありました。
その柱は相撲や野球であり、それに次ぐのがプロレスか?
当時の大相撲には人気があり、
NHKだけでなく民放でもテレビ中継されていたと記憶しています。
テレビ桟 という言葉が示すとおり、家族がテレビの前に集い
熱戦に注目していました。
このテレビの前に家族が集うのはスポーツ中継に限らず
新しい一家団欒の形を作ったといえましょう。

当時の中継技術や撮影機材は、まだまだ開発途上で
カラー撮影すら後年まで待たなければならない状況でした。
そんな中でモノクロ相撲中継の目玉が分解写真ではなかったか?

現在のようにVTR技術が普及しておらず、高速度撮影も
無かった時代の画像再生技術が分解写真です。
撮影時にそうなのか、再生時にそうなるのか
詳しいことは知りませんが、要するにコマ落とし再生です。
1秒間に一コマか、2コマまで再生されたのでしょうか?
力士などの動きがカクカクとぎこちなく再生されました。
コマ落とし画像なので、勝負際の動きが捉えられず
勝負判定の参考にならない場合が多々あったように思います。

子供たちの遊びで相撲の人気は高く、地面に円を描いて土俵とし
マメ力士が相撲に興じたものです。
その際 「今度は分解写真でやろうぜ!」と成り
カクカク動きながら相撲を取って遊んだりしていました。

さて、相撲は直径4m55cmの土俵で大柄な力士が激突します。
行司が勝負を判定し、5人の勝負検査役が勝敗を見届けます。
行司の勝負判定に疑義があれば物言いを付け審議。
同時に東西の土俵下に控える4人の力士にも物言いを付ける
権限が与えられています。
土俵上と土俵下で10人が勝負判定に関わるわけです。
かといって、必ずしも正しい判定が降されるとは限らない。
そこで採用されたのがVTRを勝負判定の参考にする方針です。

もう何年も前、サッカーの誤審について
人間は間違いを犯すものだ といって、誤審を容認する発言に
接したことがあります。
ナンと寛容で、不誠実な理屈か!?
と、呆れもし、怒りさえ覚えたものです。
その当時でさえテレビ中継でのVTR技術は発展しており
VTR再生で、誤審が明確に映る機会が少なくなかった。
にも関わらず、人間は間違いを犯すものだ とは・・・

サッカーの場合、対戦相手への直接的な反則のほか
あたかも反則を受けたかのような演技が絶えない。
広い試合場で、22人の選手が交錯するのだから
見過ごしが有っても不思議ではないが
それを審判の人間性に帰してよいものか?
おそらく、判定の誤りを知らないのは審判本人でしかなく
世界中で試合中継を観ている観衆は、瞬時のVTR再生で
真実を見てしまう。

この事実は、審判個人に向けられる不信に留まらず
サッカー界全体に向けられる不信となろう。

勿論、動いている試合の最中のこと
反則を理由に試合をとめては興ざめというもの。
VTRの判定は試合後の裁定に任せればよかろう?
様々な反則はVTRで審査し、
試合後、個々の選手にマイナスポイントを付加すればよし。
当然、マイナスポイントが沢山溜まれば
出場資格停止の特典が与えられます。

サッカー界は、一日も早く 人間性の世界 から
人としての正義に基く競技 に脱皮して貰いたい。

近年、アイススケートのフイギア競技では
芸術点を評価する審判とは別に、VTR映像を活用して
技術の完成度を審査しているようです。
人間の肉眼で確認できない高度な技術を
競技の後で、VTR映像を証拠に審査する。
科学の目を活用する敷居は低くなっていると思われます。

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