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2015年2月14日 (土)

相撲通は今宵も・・・

現在伝えられている横綱の土俵入りは
雲竜型不知火型のふたつがあります。

初めて横綱土俵入りを行ったのは第10代横綱の雲竜久吉
ついで第11代横綱の不知火右光衛門と記録にあります。
ところが、その記録では雲竜が行った土俵入りは不知火型
不知火が行った土俵入りが雲竜型となっています。
本来なら、その型を最初に行った者の名前が付いて然るべき。
このようなボタンの掛け違いは平仄に合いません。
雲竜型と不知火型の土俵入りが、いつか名前を入れ違った。
とする説の根拠になっているのでしょうか?

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上が雲竜型、下が不知火型。

土俵入りで、正面に向って最初に踏む四股のあと
せり上がりの際の型に大きな違いがあります。
雲竜型は守りの型をあらわし、不知火型は攻めのそれという。

そればかりか、横綱が締めている綱の結び方にも
双方独自の型を見ることができます。

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上が雲竜型、下が不知火型。

横綱土俵入りの型で不知火型を用いる横綱は
その横綱としての土俵生活が短くなる短命横綱
といった世評があるようです。
確かに、私が見てきた横綱の多くは雲竜型でした。

そこで現役のモンゴル三人衆たる横綱を見ると
先の初場所で大鵬を抜いて33回目の優勝を成した白鵬は
不知火型で、従来からある負の世評を払拭しました。
次いだ日馬富士も不知火型。
その後を継ぐ鶴竜は雲竜型で土俵入りを勤めています。

ところで平成の大横綱の名を欲しいままにしている感の白鵬
一部に評判が悪いようです。
所謂、テングに成っているとの評価があるようです。

白鵬の初場所での取り組みに勝負検査薬から物言いがつき
その物言いに疑義を申し立てた発言によります。
曰く子供でも分かる勝敗に物言いを付けられた事への不満?

申し上げるならば、昨今のスポーツ少年少女は
審判の判定は絶対のものとの弁えがあります。
角界の最高峰に居て、平成の大横綱と称される白鵬のこと
スポーツ少年少女の手本とならずして何の存在か?

後日、白鵬の親方が相撲協会に呼ばれ叱責を受けたそうな。
なぜ白鵬本人ではないのか!?
親方が全てとする角界の仕来たりなのでしょうか?
これでは己の言動に責任をとるのは難しい。
逆にいうと、己に責任が被らないから好き放題の言動か?
ここにも自己責任の問題があるようです。


白鵬が角界の父と慕ったとされる昭和の大横綱・大鵬。
その46連勝を掛けた勝負は、誤審によって潰えた。
1969年(昭和44年)、三月場所の二日目。
対戦相手は新鋭・前頭筆頭の戸田。
この勝負、裁くは第22代立行司・式守伊之助。
土俵際まで押し込まれた大鵬、一方いなされた戸田。
両者揃って土俵の外に飛んだ。
伊之助は、いなされた戸田の足が土俵を割ったと判断。
大鵬に軍配を上げるも、勝負検査役から物言いがついた。
協議の結果、春日野親方(元・栃錦)以外は
行事差し違えと判断して戸田の勝ちとした。
しかし、翌日の新聞各紙は戸田の足が先に出ている写真を掲載。
当時、世紀の大誤審として騒がれたが、当の横綱大鵬は
横綱が物言いを付けられる相撲を取ってはダメだ。
そう語って、誤審には一切触れなかったという。

この誤審を受け、相撲協会は次ぎの五月場所から導入予定の
ビデオ判定を、この場所途中から急遽導入した。
また後年、相撲協会は疑わしい勝負には積極的に物言いを付け
勝負判定の正確さを期す方針を取り入れた。

そうした経緯は知らなかったのかねぇ・・・平成の大横綱。

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コメント

一連の経緯、初めて知った自分です。
土俵入りの型の違い、勝敗判定への意見の相違、意思統一の流れのいびつ...、「う~ん」と一人唸りながら勉強させていただきました。

投稿: 川崎 | 2015年2月18日 (水) 21時44分

勝負判定に厳正であろうとする姿勢。
大相撲は他のスポーツ競技にはない
複数の眼で確認しています。
加えて早い時期からビデオ判定を取り入れている。
とかく伝統に縛られているとか、閉鎖性が取りざたされるなど
批判に晒される相撲協会ですが、なかなか先進がある?

投稿: kattu | 2015年2月19日 (木) 05時19分

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