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2015年2月

2015年2月28日 (土)

あのなぁ・・・

あいも変わらず家族の賄いをする日々。
その、つい先日のこと・・・

メインメニューはポークピカタ。
サラダがトマト、アスパラ、アボガド、レタス、ツナ、パスタ。
スープがコンソメに若布を浸し、白胡麻を振る。

ひとり遅く帰宅した家人。
ポークピカタにナイフを入れてひと言。
ピカタかぁ~っ! やけに薄い玉子焼きだと思った!!

このっ! しばいてクビ絞めてやろうかっ!?
どこの世界に玉子焼きをナイフとフォークで喰う文化があるか?

復讐に燃え、ポークピカタに見える玉子焼きを試作中・・・とか。

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2015年2月24日 (火)

花知らずも甚だしく

つい最近まで綺麗に色付いたキャベツだと信じて疑わず。
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馴染みの濃い色と、淡い色合いと・・・
近ごろは新しい品種が誕生しているそうな。

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中心の花芯が大きいのは、実を付けるが故か?

今さら聞けないのは花に関わることに限らず。
吾が人生、無為に過ごしてきたものだ。

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2015年2月23日 (月)

来たっ! かな・・・

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早咲き品種の河津桜が蕾を開かせ始めました。
この桜、一昨年に思い切った選定が為され
昨年は花を一輪さえつけずに春を終えました。
毎年見慣れた光景だったので残念でしたが
今年は濃い色の桜花を愉しめそうです。

そうした嬉しい光景を見つけた朝のこと。
眼球に痒みが!
遂に今年も不埒な花粉が舞いはじめたようです。
近年は花粉症の複合的な重い症状を呈しませんが
それでも眼の痒みには悩まされます。
夕方には眼球の裏側にゴロゴロした感触があります。

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厳しい冬の寒さから開放されるのは願ってもないのですが
恒例となった春の訪問者には、今もって辟易とさせられます。

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2015年2月18日 (水)

帆船 日本丸  ~多分、本章~

最先端の技術を駆使した船舶で
海の男、あるいは海の女として活躍する下地を
このような優雅な帆船で訓練できたら・・・
その志を持たない私でさえ、心が躍る想いをしました。
訓練帆船日本丸 (読みはニッポンマル)
進水は1930年(昭和5年)。

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太平洋の白鳥とか、海の貴婦人と呼ばれたといいます。
1984年(昭和59年)引退までの54年間に
183万kmを航海しながら11,500名を育てたそうです。
現在は横浜・みなとみらい地区の日本丸メモリアルパークで
現役時代を彷彿とさせる姿で保存されています。

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本来は29枚ある帆の全てが拡げられていれば
それはそれで壮観なのでしょうが・・・

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横浜ならではの、ランドマークと主マストとのツーショット。

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船内を見学しているとボランティアの方が説明してくださる。
おそらく嘗ての乗船員か指導官だった方だろうと推察。
他にも船体の維持にボランティアが携わっておられるというし
29枚の帆全てを拡げる総帆展帆の際にも
多くのボランティアの皆さんが尽力なさっておられるとか。

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航海に無くてはならないのが羅針盤。
陸を見ながら航海する沿岸航法なら必要ありませんが
見渡す限り水平線という外洋航海では欠かせません。
まして昼夜を問わず航行するには、まさに命綱。

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そうした厳しい現実を忘れるかのように
上級乗組員専用の食堂には日本丸のステンドグラス。
単なる訓練を目的とするだけでなく
海の粋を取り込んだ船体については次回?

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2015年2月16日 (月)

アルバムを更新しました

まちかど写真館 「異界へ」
花の館       「春小町」  を追加しました。

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2015年2月15日 (日)

究極の鶏卵料理?

それを料理と呼ぶには些か躊躇します。
玉子かけご飯。
熱々のご飯に、といた玉子をかけただけ故に
料理とは言い難し。
しかし、各々方の拘りはいかばかりか? と推察します。

例えば、あなたは割った玉子をご飯とは別の器にあけますか?
それとも直接、ご飯の上にあけますか?

玉子をとく時、まず醤油を垂らしますか?
それとも玉子をといてから醤油を垂らしますか?

聞いたことによれば、ある人は器にあけた玉子を
縦横に箸で割って醤油を数滴垂らしただけで
そのままご飯にかけて食べるそうです。
あなたは白身が分からなくなるまで、玉子を掻き混ぜますか?

あなたは、といた玉子とご飯を全て掻き混ぜますか?
それとも白いご飯を残すように掻き混ぜるだけで食べますか?

そもそも醤油の量は多目ですか? 少な目ですか?

そんな比較を他人としたことは無いですね?
だから自分の遣り方が普通だと思い込んでいたりします。
生たまごをといて、ご飯と混ぜて食べる。
そんな単純至極な食べ方が、極私的な拘りを秘めています。

離乳食を終えてから、何度となく食べたであろう玉子かけご飯。
私達の体内には、生たまごのDNAが組み込まれているようです。

  一連の話題について、鶏卵アレルギーの方にはご容赦願いたい。

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2015年2月14日 (土)

相撲通は今宵も・・・

現在伝えられている横綱の土俵入りは
雲竜型不知火型のふたつがあります。

初めて横綱土俵入りを行ったのは第10代横綱の雲竜久吉
ついで第11代横綱の不知火右光衛門と記録にあります。
ところが、その記録では雲竜が行った土俵入りは不知火型
不知火が行った土俵入りが雲竜型となっています。
本来なら、その型を最初に行った者の名前が付いて然るべき。
このようなボタンの掛け違いは平仄に合いません。
雲竜型と不知火型の土俵入りが、いつか名前を入れ違った。
とする説の根拠になっているのでしょうか?

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上が雲竜型、下が不知火型。

土俵入りで、正面に向って最初に踏む四股のあと
せり上がりの際の型に大きな違いがあります。
雲竜型は守りの型をあらわし、不知火型は攻めのそれという。

そればかりか、横綱が締めている綱の結び方にも
双方独自の型を見ることができます。

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上が雲竜型、下が不知火型。

横綱土俵入りの型で不知火型を用いる横綱は
その横綱としての土俵生活が短くなる短命横綱
といった世評があるようです。
確かに、私が見てきた横綱の多くは雲竜型でした。

そこで現役のモンゴル三人衆たる横綱を見ると
先の初場所で大鵬を抜いて33回目の優勝を成した白鵬は
不知火型で、従来からある負の世評を払拭しました。
次いだ日馬富士も不知火型。
その後を継ぐ鶴竜は雲竜型で土俵入りを勤めています。

ところで平成の大横綱の名を欲しいままにしている感の白鵬
一部に評判が悪いようです。
所謂、テングに成っているとの評価があるようです。

白鵬の初場所での取り組みに勝負検査薬から物言いがつき
その物言いに疑義を申し立てた発言によります。
曰く子供でも分かる勝敗に物言いを付けられた事への不満?

申し上げるならば、昨今のスポーツ少年少女は
審判の判定は絶対のものとの弁えがあります。
角界の最高峰に居て、平成の大横綱と称される白鵬のこと
スポーツ少年少女の手本とならずして何の存在か?

後日、白鵬の親方が相撲協会に呼ばれ叱責を受けたそうな。
なぜ白鵬本人ではないのか!?
親方が全てとする角界の仕来たりなのでしょうか?
これでは己の言動に責任をとるのは難しい。
逆にいうと、己に責任が被らないから好き放題の言動か?
ここにも自己責任の問題があるようです。


白鵬が角界の父と慕ったとされる昭和の大横綱・大鵬。
その46連勝を掛けた勝負は、誤審によって潰えた。
1969年(昭和44年)、三月場所の二日目。
対戦相手は新鋭・前頭筆頭の戸田。
この勝負、裁くは第22代立行司・式守伊之助。
土俵際まで押し込まれた大鵬、一方いなされた戸田。
両者揃って土俵の外に飛んだ。
伊之助は、いなされた戸田の足が土俵を割ったと判断。
大鵬に軍配を上げるも、勝負検査役から物言いがついた。
協議の結果、春日野親方(元・栃錦)以外は
行事差し違えと判断して戸田の勝ちとした。
しかし、翌日の新聞各紙は戸田の足が先に出ている写真を掲載。
当時、世紀の大誤審として騒がれたが、当の横綱大鵬は
横綱が物言いを付けられる相撲を取ってはダメだ。
そう語って、誤審には一切触れなかったという。

この誤審を受け、相撲協会は次ぎの五月場所から導入予定の
ビデオ判定を、この場所途中から急遽導入した。
また後年、相撲協会は疑わしい勝負には積極的に物言いを付け
勝負判定の正確さを期す方針を取り入れた。

そうした経緯は知らなかったのかねぇ・・・平成の大横綱。

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2015年2月12日 (木)

相撲通の方は素通りください

熱心な大相撲ファンならずとも
このところの歴代横綱の顔ぶれを見るにつけ
もう日本人が綱を張る姿は臨めないのか!?
そのように悲観される御仁は少なくは無いだろうと推察します。

振り返れば第67代横綱の武蔵丸以降
第71代横綱の鶴竜まで外国人横綱ばかり。
角界が望んで海外に有望な新弟子を探した結果ですから
門外漢が横槍を入れる余地はございません。
が!! ファンあっての人気稼業。
もちっと日本人力士の奮起を促したいところであります。

昭和の御世には大横綱と並び、名大関が脇を固めました。
ところが昨今の日本人大関の実態と見れば・・・
迷う大関ばかりかな。

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さて、過ぎたる1月。
大相撲初場所の千秋楽、大相撲の聖地・両国を訪れました。
その折、国技館周辺から両国橋界隈を散策しましたが
いまだに残る江戸の雰囲気に浸れる貴重ないっとき。

両国国技館前の幹線道路は国技館通りと名付けられ
幕内最高優勝力士の優勝パレードがある、らしい。
とはいえ、それまでの時間が余りにも多く
付近を散策してお茶を濁すことにしました。

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この通り沿いに、幾つかの横綱像が幾つか見られます。
この横綱ですが、当初は番付には無かったようですね。
番付の最高位は大関であり
横綱は、大関から選ばれる名誉称号であったとか・・・

そして横綱に許される土俵入りについては
次回のお楽しみ。

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2015年2月10日 (火)

鶏卵料理について考える  ~初夜~

アレまっ! 初夜だなんて死語ですなぁ・・・
  話のノッケから横道にそれました。

鶏卵は、安価で栄養を備えた優良な食材として
永く我が国の食卓を支えて参りました。
そこが最近、僅かずつながら値上がり傾向にあります。
それでも庶民の手が届く範囲のこと
鶏卵の需要に翳りはなさそうです。

さて、鶏卵料理と聞いて
皆さんは如何なる料理を思い浮かべますか?
様々な料理がありそうですが、鶏卵単独の料理と限定すれば
玉子焼き、目玉焼き、ゆで卵に尽きましょう。

玉子焼きは、幼い頃からの好物でしょうし。
目玉焼きは、小学校の授業で作った初めての料理では?
ゆで卵は、運動会や遠足には欠かせないご馳走でした。

こう考えると、私たちと鶏卵は切っても切れない関係といえます。
私らの歳になると、庭先で餌をついばむニワトリを見ています。
毎朝、そのニワトリが産んだ卵を鶏舎から取り出したりして・・・

先に挙げた卵料理三種。
単純なるがうえに、各々方の思いいれは様々だと推測します。
玉子焼きをとっても、甘いか甘くないか。
薄めに焼いて巻いたか、厚焼き玉子焼きか。
具が入っているか、いないか。
出汁を使うか、使わないか。

目玉焼きは片面だけ焼くか、両面焼きか。
ハムやベーコンは添えるやいなや。
味付けは塩か醤油か、はたまたソースか。
そもそも目玉焼きと云うからに、2個焼きに拘るか。

ゆで卵の、ゆで加減はどうするか。
固ゆで、半熟、さらにトロ~リ未熟。

勝手に三種を挙げましたが
スクランブルエッグやオムレツ
温泉たまごにポーチドエッグと、鶏卵料理は多種多彩。
それぞれ皆さんが一家言お持ちのようですが、いかが?

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2015年2月 9日 (月)

珈琲のひととき

日本人が、仕事などの最中に休憩をとる時
日本茶より珈琲を飲むことが多くなって久しいでしょう。
 (勿論、日本茶か珈琲かの二分法は無茶と承知の話です。)

缶やペットボトル入りの飲料に注目すれば
未だ日本茶の人気は廃れたとは云えますまい。
それでも街中で気軽に飲めるのは珈琲店だと思います。

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純喫茶は、珈琲を中心に様々な飲み物を提供しました。
その中から珈琲専門店が生まれ、
ファーストフード店の類が林立し、
海外から持ち帰りも出来る珈琲チェーンが上陸。
今ではコンビニでもチェーン独自の珈琲を販売しています。

我が国に珈琲が初めて到来したのは18世紀。
鎖国下の長崎に伝えられたのが初めとされるようです。
1899年、我が国で最初のインスタントコーヒーが
日本人によって発明されたといいますから驚きです。

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日本で珈琲が一般化したのは明治末期から大正初期。
私も嘗ては日曜日の午前中、ドリップ式の珈琲を淹れ
ゆったりと過ごしたものでした。

いわゆる珈琲専門店では
飲み物全般を供する店で耳にする喧騒とは無縁な
大人の時間が流れているように感じられます。

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気の置けない友との語らいや
独りいそしむ読書など
珈琲の香りと味わいを愉しむには重宝な空間です。

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2015年2月 7日 (土)

陽だまり

節分や立春が近づくにつれ、夕方の景色が変りました。
少し前までは同じ時間帯でも
外を見ると照明が鮮やかに輝いていましたが
立春を過ぎた今、太陽が放つ光が辺りを支配しています。

冬の間、色彩が失われたような街角にも
少しずつ色が戻ってきています。

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これは冬の定番とも云うべき色彩です。
寒さを物ともせず元気に葉を拡げてくれています。

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寒風に揺れるところ、止まった一瞬を捉えました。

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まだ名ばかりとはいえ
春の陽射しを受けた花と蕾の瑞々しさが
心の中に春を呼び込んでくれます。

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2015年2月 2日 (月)

桜吹雪の菊門禍

遠山左衛門尉景元
江戸北町奉行から大目付を経て南町奉行を歴任。
早いはなしが、あの遠山の金さんであります。

両国の江戸東京博物館で、江戸から東京を体感した。
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そこで見つけたのが、金さん起請文
起請文は己の行いを、自分が信じる神仏に誓って
遵守履行することを書き示した文書で
その誓いを破った際には神仏から罰を受ける旨を
記した文書のことです。
神仏に誓った行為を記した部分を 前書 と、
遵守を誓った神仏を記した後の部分である 神文 から成る。

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この起請文の 前書 に記されているのは
馬に乗れない事情が生じたため、駕籠に乗ることを願っている。
町奉行は幕閣の一翼を担う重職で、公務の際には
騎乗が許され (要職の威儀を保つため義務付けられ) ていたようです。

ところが金さん、あるとき痔を患ってしまいました。
そうなると騎乗など以ての外。
一定期間に限り、駕籠を使っても公務を願い出たものです。

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続く 神文 には、その約束に反した場合
梵天・帝釈天・四天王、国中の大小様々な神祇ほか
その信じる神からの神罰を受けると誓っています。

映画ドラマでは、片肌を脱いで威勢がよい 金さん ですが
思わぬところに泣きどころがあったようです。

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2015年2月 1日 (日)

梅花、ひらく。

この数日、横目で見ながらシカト確認できず。
何せ
朝に朝星、夜に夜星、昼に梅干いただいて・・・の日々。
暗闇に白っぽい点を認識しつつも確認には至らず。

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漸く陽のあるうちに訪れた早咲きの梅。
まだ一分にも満たない咲き加減でありました。

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早春を想わせる陽だまりで
季節の変わり目を伝えてくれます。

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いつ、どの花を見ても
蕾に秘められた生命力に圧倒されます。

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そのグラデーションが
ひと足早い春の色あい。

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