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2015年1月

2015年1月31日 (土)

赤信号で渡る自己責任

車両の通行が激しい幹線道路。
横断歩道でもなく、信号などない場所を横断する。
高齢者に見られる傾向のようですが、これは無謀というもの。
心ある者ならば、そのような無謀な行為は為さない。

赤信号みんなで渡れば怖くない
今や世界映画界の巨匠となった北野武氏
漫才コンビであるツービートのビートたけしのネタであった。

私は赤信号でも敢えて道路を横断することがあります。
直進車の有無はもとより、右左折する車両の有無を確認の上
行政の都合で設置され交通信号を無視します。
私はこれが自己責任だと信じています。
自分が踏み出す一歩によって招くリスクを想定し
それへの対応を処して一歩を踏み出します。

事前の安全確認を疎かに、赤信号を横断して事故に遭う。
その結果、私が悪かったというのは自己責任ではない。
事後責任にも当らない愚行というに他ならない。

赤信号・・・ を検索してこのようなサイトに辿り着きました。

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2015年1月29日 (木)

死して屍ひろう者なし

この正月、往年の時代劇ドラマがテレビ東京から放映された。
大江戸捜査網
1970年から1992年まで、当時の東京12チャンネルが放映
映画にもなった人気時代劇。

幕臣でありながら影の働きを勤め、時に吾が命を惜しまず
敢然と巨悪に立ち向かう隠密同心たち。
仮に任務の途中で命を落としても、顧みる者は居らず
故に、死して屍ひろう者なし

勿論、このドラマはフィクションです。
しかし、現実の問題と成ったらいかがしたものか・・・

よく見かけるのは、自由と身勝手をはきちがえ
自己責任で解決すべきところを、他人に依存して恥じない。
例えば、過去をいくら遡っても冬山遭難は絶えることなし。
身勝手な遊びのツケを、公共の捜索機関に尻拭いしてもらう。

その先は危険という指摘は散々あるにも関わらず
結局、その危地に踏み込んで行くのなら
己の屍が野ざらしになる覚悟が要るだろう

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2015年1月25日 (日)

大相撲 初場所千秋楽

東京・両国で開催された大相撲の初場所は
横綱白鵬が11度目の全勝優勝を果たし、
史上最多となる33回目の最多優勝記録に
華を添えて幕を閉じました。

この日、両国国技館の前に私は居りました。
目的地は隣りの江戸東京博物館でしたが
折角の機会、場外からながら
しっかり大相撲の雰囲気を味わせて貰いました。

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寒空の下、櫓の上から触れ太鼓の音が・・・無い。
それもその筈、昼を遥かに過ぎた時分だもの。

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ひいき筋 (たにまち )から送られた幟が風に舞っています。

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吾が子の健やかな成長を願って
力士に抱いてもらう親御さんがたえません。
それに応える力士の皆さん、ご苦労さまです。

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気がつくと、幟と東京スカイツリー。

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帰路につく関取衆をファンが囲みます。
記念撮影やサインの要望に、快く応える関取。
その表情は柔らかく、今場所の好成績を物語るか?
いずれにせよ、相撲協会がファンの方を見て
お客様サービスに徹していると感じました。

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それにしても、申し上げるのに憚りを感じますが
相撲ファンに皆さんの垢抜けない様子が
かえって好ましく思われます。
三々五々、次ぎの東京場所で会いましょうと挨拶を交わし
別れて行くファンこそ相撲を支える礎なのだと痛感しました。

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そうじゃねぇだろう!? このタコッ!!

ちょうど一週間前、この欄で 分かっていますが・・・
の記事を書きました。
記事の中で、大丈夫です の使い方が間違っていないか?
といった新聞投稿があったと伝えました。

はは、やはり。
その投稿に対する意見が、同じ投稿欄に載っていました。
曰く、それは、他人を気遣う言葉遣いである。
挙句、ことばの乱れを憂うなら自分でその流れを断つべく
自身で努力すべし! だと・・・
こうした抗弁を噴飯者ものというのだな。

まず、はじめの投稿者は言葉遣いそのものに疑問を投げた。
そこに気遣いがあるとか、言葉は常に乱れているとか
そうした意見は二の次であったと思う。

後者の投稿は、はじめの投稿者の問題提起に対して
目くらませの論理すり替えをしているに過ぎない。
日本語の乱れに自身で立ち向かえなぞ
どこを探したら出てくる理屈か!?
はじめの投稿の何を読んでいるのか?

およそ新聞の投稿欄なぞ、そんなものなのだろう。
担当者は公正無私を貫いているつもりでも
アホらしい論議を唯々諾々と掲載する公正なぞあるものか!

他人を気遣って言葉を選ぶ。
日本には古くから敬語や謙譲語があります。
近頃は相手を気遣った似非の敬語や謙譲語が氾濫しています。

例えば買い物した品物を持ち帰れないので、後日配送となる。
当然、配送手続きをしますが、そのとき・・・
店の係員から必ず言われるのが
お名前と、ご住所を記入していただいて宜しいでしょうか?
との一言。
私、それまでの係員との遣り取りで機嫌が悪くなっていると
イヤです! と答えることにしています。
それまでの遣り取りで、例えば係員がタメグチをきく。
語尾上げ言葉を連発する。
挙句の果てに、どうしても記入せねばならない個人情報を
宜しいでしょうか? とは・・・

それらの記入は必要不可欠とは端から承知のコチトラでい。
なら気持ちよく ご記入ください となぜ言えぬ!?
個人情報を開示させるに、何の後ろめたさも感じない
似非の気遣いなど無用のものじゃ!!

こんなヤツラをタコ扱いして、当の蛸に申し訳ない。

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2015年1月24日 (土)

鬼の霍乱

ちょいと体調を崩しました。
この寒さと、恒常的な睡眠不足が原因かと推測しています。
一晩、人並みの睡眠時間を確保すれば体調を回復する程度。
決して重症ではありませんが、この歳にして油断は禁物。

近ごろ性質がよくない風邪が流行っているようです。
ウィルス性の腸炎を伴う風邪で
ノロウィルスと性質が近いものだといいます。
罹患すれば激しい嘔吐か、下痢を伴う症状に見舞われるとか。

実は家族がこの風邪に罹患した直後、私もそうした症状になり
まずいなぁと思いながら大事に至ることなく安堵しました。

老若男女を問わず、この時期は抵抗力が落ちますので
各々方にはくれぐれも御自愛くださりたく・・・

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2015年1月19日 (月)

水の無い川

渋谷川
撮影したJR渋谷駅周辺を堺に
上流側は暗渠で川の流れを見られず
この辺りから下流側は、その姿を見ることが出来る。

とはいえ、完全にコンクリートで固められた川は
水が流れていないと、虚しく溝だけが続いている。

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川に水が無い。
この事は川にとっては不幸な状況と思えるが
日本橋のように、空が無い川や橋はどうなのだろうか?
水がある事で満足しているのだろうか?
晴れ渡った空を見上げてみたいとは思わないのか?

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2015年1月15日 (木)

帆船 日本丸  ~多分、序章~

横浜みなとみらい21地区に、帆船日本丸 を訪ねました。
昭和5年に進水し、昭和59年の引退までおよそ半世紀
航海練習船として活躍した大型練習帆船です。

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太平洋の白鳥 とか 海の貴婦人 などと呼ばれた船体は
なるほど優雅そのものです。

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貴婦人の美しいヒップを眺めさせていただきました。

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帆船日本丸に備えられている29枚全ての帆をひろげる
総帆展帆 (そうはんてんぱん) の様子は壮観でしょうね。
今度、ここを訪れるのは総帆展帆の時にしたいものです。
無数のロープを眺めるだけでも、ここに来た甲斐があった。

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機能を極限まで追及したものは、実に美しいものです。
この整然と整理されたロープを見るに
海の怖さと、それに立ち向かう船乗りの勇気を
垣間見たような気分になりました。

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2015年1月11日 (日)

分かっていますが・・・

ひとと会話中、相手から何かしら聞かれることがあります。
別段難しい質問ではなく、日常の些細な事柄についてです。
例えば 「昨日の休みには何処かへ行ったか?」とか
「最近、奥さんは元気か?」とか・・・
その度に返答するのだけれど、それに対して相手から
あっ ホント といったような反応があります。

私の独白・・・
聞かれたから答えたのに疑るとはなんぞや!?

いや、ハイ、分かっていますヨ。
この場合の「あっ ホント」は、疑いの反応ではなく
納得の反応なのですね。
言葉として誤った使われ方をしても、市民権を得てしまった。
そうと理解していても、日本語の乱れに心ざわめく私にとって
度重なると不満が溜まるものです。


新聞の投稿欄から・・・
その人が、客に飲み物をすすめるとき
コーヒーと紅茶のどちらにするか聞いたという。
返ってきた答えが 大丈夫です だったそうな。

その大丈夫ですの意味をはかりかねて困惑している様子に
どちらでも構いません と言い直したそうですが
外国人じゃあるまいし、そうした言い回しを知っているなら
初めから言えばよかろうに・・・

ほかの場面では 結構です とか 間に合っています
の意味で使われていたとのこと。
この場合は、推し測って判断できなくはありませんが
己だけが分かっていての返答には違和感を抱きます。


我が身を振り返って、こうした文章を書きながら
自分本位に事柄を省くことなく、
はたまた余分に書き過ぎることなく、
過不足のない文章で、皆さんに思いを伝える。
そのことの難しさを肝に銘じているつもりですが
受け手の皆さんの感じ方は如何なものでしょうね?

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2015年1月 8日 (木)

知らぬこととは申せ・・・

年明けからアッという間に七草が過ぎました。
昨年末、特に興味があったわけでもなく
通勤で使う最寄り駅で
地域の七福神めぐりのチラシに目を遣ってビックリ!!

その私鉄が沿線の七福神めぐりを企画したもので
我が家から最も近い寺院に恵比寿天があると知りました。

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この地域の七福神めぐりは、これまで興味を示さなかっただけで
特に今年からはじめた企画でないようです。

実は、この寺院は幼稚園を経営しており
我が家の二人の子供もお世話になったことから
幼稚園のお寺さんくらいの認識しかなかったのですが・・・

このお寺さん、開基は長和年間(1012~1016年)というもので
まさに千年の歴史を誇る古刹であると知りました。
このブログに度々登場するご近所の古刹の末寺として
古来、地域で重要な位置を占める寺院だったのです。

更に驚かされたのは、ご本尊は元禄9年(1696年)の作で
山門は元禄15年の建立ということです。

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大正10年、不慮の火災でご本尊と山門以外の建物や古文書の
全てを焼失する不幸に見舞われたそうですが
それにしても数々の天災や戦災を免れ、今日まで健在な
ご本尊と山門は貴重な文化財であります。

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元禄期といえば、徳川幕府は五代将軍の綱吉の頃
上方を中心とした元禄文化が栄えていました。
井原西鶴、松尾芭蕉、近松門左衛門らの庶民文化。
緒方光琳の琳派による絵画。
水戸徳川家二代藩主の光圀(黄門さま)、
林羅山や新井白石などの歴史学者など
今日の私たちにとって馴染み深い時代です。

思いもよらないところに、長い歴史を体現する建造物を観て
感慨に耽った正月でありました。

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2015年1月 4日 (日)

この一年、マメに過ごして・・・

年始の習わしや食べ物には、様々な願いが込められています。
昆布 (慶ぶ)、橙 (代々)、数の子 (子孫繁栄) などなど・・・
それらは家族や子孫の末永い繁栄や健康を願うものです。

煮豆もその一つでしょうね。
私の趣味が煮豆。
時間がかかる作業ですので、いつでも出来る訳ではありません。
そこで年末に黒豆を煮るのは、年間最大のイベント?
しかし、去る年末は何かと忙しく煮豆の時間をとれずじまい。
長時間に渡って火を使うので片手間では出来ません。

いわゆる 丹波の黒豆 といったブランド品は使いません。
しかし、嘗ての穀物王国であった故郷の黒大豆を使います。
更に、黒豆をふっくら黒々と煮るのに欠かせないといわれる
古釘や重曹は使わず、砂糖 (三温糖) と塩・醤油だけで味付け。
ただひたすら時間を惜しまずに煮込みます。

今年の 黒豆 は、昨日の 三日とろろ と同じく
近年では出色の出来映えと自負します。
噛む必要がないほど柔らかく煮上がった黒豆。
味は、ただ甘いでけでなく隠し味の塩・醤油の塩梅が絶妙。
好みの味は、自分で作るに限ります。

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2015年1月 3日 (土)

三日とろろ

この数年、我が家は正月三日に とろろ飯 を食べるのが慣わし。
尤も、私が家族の賄い飯をつくるようになってからのことですが。

年末年始、どうしても暴飲暴食の生活に陥りやすい。
そんな荒れた生活と胃袋に休息を与えるべく
先人は正月七日に粥を食べる風習をつくられた。
一年のはじめに養生を忘れず、区切りをつける先人の知恵です。

ところが、私の場合は七日までは待てない。
この三日あたりで一度養生をせねば一年が持ちません。
そんな自覚症状があれば、もっと摂生を考えるべきですがね。

それはともあれ・・・
大きめの山芋を買い込んで、とろろ汁の仕込みを始めます。
まずは出し汁つくりから。
山芋ほどクセがある食材には
鰹出汁を充分に効かせた出汁が合うのですが
私の出汁は昆布と鰹から丁寧に出していきます。
この辺り、どうしても 料理人のお品 が滲み出てしまう?

山芋 (長芋あるいは大和芋) は、まず直火に晒します。
ヒゲ根を焼くのが目的せすが、皮が焦げても更に焼くと
山芋の水分が抜け、粘りが強くなるようです。
今回は皮に焦げ目がつく程度まで焼いたので
心持ち粘り気が増したように感じました。

芋の皮を剥き、すり鉢におろし金でおろします。
ここからが根気との勝負。
どれだけ丁寧に摩り下ろすかで とろろ汁 の価値が決まる。
およそ20分ほどで繊維質がこなれ、滑らかなおろし汁になる。
ここで卵を割りいれ、更におろす。

卵が馴染んだところで、出し汁を入れていきます。
3~4回に別け、味を確認しながらの作業です。
出来上がりまで、かれこれ小一時間を擂り鉢と格闘します。
その結果出来上がったのは卵の所為もありましょうが
メレンゲのようなフワフワな とろろ汁 です。

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2015年1月 1日 (木)

新年の御挨拶

あけましておめでとうございます。

浮世床の亭主として大雑把に10年。
閑古鳥さえ鳴くのを忘れるほど暇な店先で
具にもつかない話を垂れ流して参りました。
新しい一年も、変らず詰まらない話題で盛り下がる。
そんなブログですが、今年もご贔屓いただきますよう
心からお願い申し上げます。

年始に願うことは、お一人でも多くのご来店ですが、
加えてコメントを頂けると大きな励みとなります。
暇だからといって長く引き止めるとこはいたしません。
ちょっと世間話をしていってください。

今さら説明せずともご存知と思いますが
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なにとぞ宜しくお願いいたします。

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