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2014年9月

2014年9月29日 (月)

深川 横綱力士碑

大相撲秋場所が横綱・白鵬の優勝で幕を降ろした。
元横綱・千代の富士と並ぶ31回目の幕内優勝。
この上のは大横綱・大鵬の32回があるのみ。

そんな秋場所が開催されていたなか
深川の富岡八幡宮を訪れてみた。

7c32x37y10r155t84img_1094  ここには歴代横綱の名を刻んだ
 横綱力士碑がある。


3c134x124y134t84img_1096  直近の横綱は全て外国人力士。




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 この後、名前を刻む鶴竜も外国人。
 朝青龍、白鵬、日馬富士に続く
 4人目のモンゴル出身横綱である。






3c27x32y131t84img_1125  日本人力士は、大関で足踏みばかり。




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 もう、こんな時代は来ないのだろうか?




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2014年9月28日 (日)

直と曲、明と暗。

東京・六本木にある国立新美術館は
展示される芸術ばかりか、建物としても斬新さを誇る。

20x35y84img_1042  外観で目を引く曲線は
 建物内では直線との拮抗で
 緊張感を醸し出す。

5c30s46x52y72img_1058_2  芸術に触れ、気を昂ぶらせた人々は
 外光が降りそそぐ空間で
 興奮の余熱にひとときを過ごす。






3c9x20y72img_1049_2                                            

 無彩色の空間が
 現実の世界と
 芸術の世界を橋渡ししている。

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2014年9月23日 (火)

アルバムを更新しました

まちかど写真館  「秋祭り」
四季写真誌       「祭り風」
花の館             「フワフワと」

久々の更新です。
秋の話題で構成しました。

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2014年9月22日 (月)

彼岸に寄せて

卒業文集への紀行文を思わせる題名で恐縮(苦笑)。

よく晴れ上がった昼過ぎ、ご近所を散策して見つけました。
この辺りに彼岸花が咲くことは承知していましたが
日頃は車で通り過ぎる場所でした。
改めて徒歩で歩み寄り、新たな発見がありました。

東京都内とはいえ、いわゆる23区内に非ず。
いまだに雛を思いださせる事象は珍しくありません。
しかし、彼岸と道祖神の組み合わせを見るのは初めて?

7c121x96y136t84img_0947  秋の彼岸には必ず咲く
 そうした先人の智恵が植えつけたか?
 サンスキリット語に通じる花が
 見事に咲いていました。

7c14x19y84img_0950  墓地の近くに咲いていることが多く
 忌み嫌われてきた花ですが
 誠に見事な造型を成しています。


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 日頃、振り返られることの少ない道祖神。
 一時、赤い曼珠沙華に囲まれ
 供養されているように見えます。




7c143t84img_0956  また会う日を楽しみに

 そんな花言葉すら不吉な
 予感を呼び起こす?

 もっと純粋に花の美しさを愛でてはどうですか。

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2014年9月21日 (日)

浅草寺、川向う。

浅草寺の雷門は日曜日とあって人出が半端じゃない。

10a10c160x146y139t84img_0662  門前が混み入る元凶は
 記念撮影する人達が大半。
 善男善女、外国からの観光客も多い。


仲見世を通らず、裏道で本殿前まで進んだ。

30x38y84img_0672  ところが、この人の列。
 並ぶのが嫌いな私は早
 々に戦線離脱を決め込む。


7c35x41y190x182y153t70img_0676  
 一応、手水舎までは辿り付く。
 お義理に手を清めて
 退散! 退散!






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 雷門まで戻る途中
 ここまで来たんだ寄ってみるかい。

 東京スカイツリーまで足を延ばすことに。






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 今日は随分と歩いたことだし
 珍しく電車で一駅
 隅田川を渡ることにした。







東京スカイツリーの足下も、スカイツリータウン内も
どこからやって来るのか、人ひと人・・・

突然ですが、ここで謎かけです。

70img_0747  真下から見上げる
 東京スカイツリー とかけて・・・

 メタボのお父さん とときます。 

 そのココロは?
 先っちょが見えません




154t70img_0758 夜が来て

 野暮な謎かけなど無かったように
  のライトアップに照らし出され
 夜空にスッキリ浮かび上がっていました。

 

 

 

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2014年9月20日 (土)

律儀者

この花には体内時計があるのではないか?
毎年、彼岸花が咲く度に思い起こさせられる。

冷たい夏であろうと、ひときわ厳しい夏であろうと。
秋への移ろい方が気侭で心もとなくも、
和菓子屋の店頭に並ぶ萩餅と
先を競っているかのような抜け目ない咲き加減だ。

日々の忙しさに横着を決め込んでいた無精者にさえ
墓参りを思わずには居られなくさせそうな
可憐で、はかなげな花すがた。

花が散り、世を忍ぶかのように延びる細葉にこそ
はかない命の営みを想わせる。

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2014年9月17日 (水)

寺町に遊ぶ ~浅草花やしき~

渋谷で遊んだ後は、地下鉄・銀座線で渋谷と並ぶ始発・終着駅
浅草をブラブラしてみました。 (勿論、同じ日にではありません)

最近でこそ、浅草といえば東京スカイツリーを思い浮かべますが
江戸期はご府内では、両国と並ぶ繁華街であったそうな。
その歴史は明治・大正・昭和の御世まで引き継がれました。

過去の浅草は何よりも浅草寺と、鳳神社の酉の市が一番。
興行の街・六区は淋しい状況になりましたが、先年
十八世中村勘三郎が奥山に中村座を再建して話題になりました。

そんな中、営々と歴史を刻んできた遊戯場があります。
ご存知!浅草花やしき
開園は嘉永6年 (1853年) で、我が国最古の遊園地といいます。
この年は米国からペリー提督率いる黒船四隻が
江戸湾に姿を見せ、国の上下を問わず大騒動になったとか・・・
太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず
と狂歌にあるナニです。
爾来161年の輝かしい歴史を誇ります。
  ただし、一時閉鎖(取り壊し)され、通年の歴史ではないようです。

開園の目的は花を愛でる花屋敷として、文人墨客や
まだ威勢を誇っていた大奥の女中など、上流階級のサロン。
そんな雰囲気があったようですな。
今の形に成ったのは昭和24年 (1949年) ということです。
太平洋戦争の敗戦から4年後とは驚きです。

さて、
過ぐる日曜日、浅草寺門前の仲見世を人ごみに押されながら
本殿へと進みました。
が、本殿に参ることなく脇道に逸れます。
  だって、本殿の前には参拝客の長い列が出来てるんだもん!
  ワシ、並ぶの嫌いぢゃ!!

と、見えてくるのが花やしきのシンボルタワー
Bee タワーの威容です。

4c12x25y132t70img_0699  吊り下げられたゴンドラが上がると
 浅草の街並みが一望できるとか・・・

 連れを誘うも
 揺れるモノが苦手とかで
 花やしきに行き着く前に止む無くパス。


 

5c207x182y152t70img_0733  
 辿りつきました。
 浅草門というのだそうです。
 もう一つ、笑運門があるとか・・・







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 門前にあるのがパンダポスト。
 なぜ上野でなく浅草でパンダ?
 子供の聖地だもの堅苦しく考えない。







5c126x116y153t84img_0706  入園して直ぐ目に入るスワン
 「かわいい!}
 年甲斐もない連れのひと言。
 乗ってみたそうな連れ。

結局、互いに下腹を見つめて諦める。
狭い乗り物の中、大人ふたりは辛かろう。

6c105x76y137t84img_0720_2  どの乗り物 (アトラクションなどとは言わぬ)
 こじんまりしているが、その分、体感速度は
 かなり早く感じられないか?



31x40y118t70img_0707  花やしき自慢!絶叫マシーンの鉄塔。
 スペースショットは地上60mから垂直落下。
 聞こえてくる絶叫は、どこか長閑か?
 子供やおネイサンの黄色い悲鳴に混じり
 母親が発する悲鳴は一家安寧の印。
 オヤジの頭陀袋を引きちぎるような絶叫は
 辺りの雰囲気を壊すと辞退させてもらった。
  だって、みんな並んでいるんだもん!

40b5c12x24y162t84img_0732  屋内遊戯に懐かしいものがあった。
 やってみれば? の連れの視線。
 だが並ぶのイヤとスルーする。
 別に自信がないワケぢゃありません。

ともあれ、並ぶのが嫌い!と
苑内を眺めるだけで退散して参りました。
先ほど辿った道を逆戻りして浅草寺を目指します。
誰だいっ!? 年寄りには寺がよく似合うたぁ!!

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2014年9月15日 (月)

百軒店でヒマラヤを見た

JAZZ喫茶の大スピーカーの前で昼寝をした。
お姐さんのキレイな裸を拝観した。
最後に満たされるべく欲求は満腹感しかない。

関東大震災の翌年 (大正13年) に開かれた百軒店商店街。
その中で創業昭和26年となれば、老舗と呼んでよいだろう。

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 インドカレー専門店 ムルギー
 外観は当時と変らないが
 さすがに改装はされているだろう。





5c20s41x26y124t84076  国民食のカレーとはいえ
 昭和26年にカレー専門店は珍しく
 高級感が溢れる店ではなかったか?


この店に入ると、オーナーとおぼしい初老の男性が
コップの水をテーブルまで持ってきながら一言
玉子入り?
ムルギーカリーに茹で玉子を添えたものが
玉子入り ムルギーカレー である。
当然、玉子が入っていないカレーより単価は上がる。
といって、儲けを多くしようと云うのではない。
当店のお勧め という訳だ。

ライスの盛り方が独特で、山脈のように高く盛り上げる。
確か、インド側からもヒマラヤが見えた筈。
その姿を思い描いて盛ったものだろうか?

玉子入り? の声に、ついハイと答えてしまう。
一度、抗してイイエと答えたいが、いつもハイしか言えない。
別段、強制的な言い方ではないのだが
長年培ってきた年季がモノをいうのだろう。

おそらく、当時の初老男性は泉下の人と思われる。
しかし、いまムルギーを訪れても
コップの水と一緒に当時のように問いかけられるだろうか?
その時の自分の顔を想像してしまう。

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2014年9月13日 (土)

百軒店の芸人

テレビ受像機 (当時はそう呼ばれた) が、国内に行き渡り
テレビ局が増えるに連れ、番組制作が追いつかなくなる。
今日でいうソフトが足りない状況である。
昭和30年代。
VTRが無い時代のこと、放映は生放送が主体だったとか。
技術者も機材も、何より出演者不足が推定される。

あの黒柳徹子女史は、NHK初の専属俳優として知られる。
娯楽の主力が、まだ映画だった時代の影響を思わせます。

   東宝、松竹、日活、大映、東映の邦画5社による協定で
   自社が抱える専属俳優を、
   他社の映画(シャシン)に出演させることは無かった。
   そうした轍を踏んだものか?

時代が下って、テレビ全盛期におけるドラマで
出演する俳優に劇団の若手が起用される機会があった。
そうした若手は、テレビドラマ出演で揉まれ
今やテレビに限らず、映画や舞台でも活躍する重鎮だ、

一方で、バラエティ番組などに出演して
笑いを振りまくコメディアンも多く存在していた。
彼らの中に、浅草のストリップ劇場で幕間に寸劇を演じ
芸を磨いて大成した人々も居る。
あの寅さんこと、渥美清もその一人という。

その頃から四半世紀ほど経った道玄坂・百軒店の
ストリップ劇場で、幕間に寸劇を演じる若者たちがいた。

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 今も、当時と同じ場所で興行を張る
 渋谷・道頓堀劇場。







当時のストリップ興行は荒んでいた。

B30141t84065  ある時期から若いアイドルのような
 踊り子が出演するようになり
 雰囲気が一編したストリップ劇場。
 

しかし、当時はストリップ興行に汚点を残した時代だった。
正当な踊りや芸を見せる踊り子は隅に追いやられ
東南アジアなどから連れてこられた即席の踊り子が
興行を支えた時代。
幕間の寸劇で客の気をひくなど至難の業と云えた。

コント赤信号
後年、テレビで活躍する三人組の下積み時代。
今や、その現役当時を知るのは中年以上の世代だろう。
彼らの後にも、幕間で修行を積んだ芸人は居ただろうか?

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2014年9月10日 (水)

渋谷道玄坂 百軒店商店街  序章

道玄坂は、金王八幡の例大祭 (9月13日から15日) を控え
祭り気分がたかまりつつあった。

5c132x102y132t84080  その道玄坂を登って中程を過ぎ、
 横丁に入った一帯が
 道玄坂 百軒店商店街 ある。


百軒店と書いてヒャッケンダナと読む。
タナとは、時代劇に多く登場する商家の奉公人を
お店者 (おたなもの) と呼ぶ、あれである。

商店街の発祥は、関東大震災後というから歴史は古い。
この商店街が生まれてから長い期間
渋谷の中心街は、ここ百軒店界隈だったという。
商店街のポスターに、渋谷文化発祥の地とある。
由緒正しく、伝統を育んだ街である。

嘗ての商店街には、映画館や食堂、カフェなどがひしめき
当時の歓楽街の主力をなす店舗で極めて賑わったという。

その一方で、丸山町と接する土地でもあった。
いわゆる三業地の性格を内包した丸山町。
三業とは、料理屋・芸者屋・待合茶屋を指す。
今風に置き換えれば、待合茶屋はラブホテル。
芸者屋は、出張ホテトル嬢を抱える風俗店。
料理屋は、居酒屋かデリバリーピザ屋とでも申しましょうか?
(因みに、芸者屋は昨今の風俗営業店舗とは違う。)

私が、この街に通ったのは昭和の御世も後半に入った頃。
JAZZ喫茶に足繁く通うようになってからのこと。
当時の国鉄・渋谷駅近くにあった映画館 (全線座)
JAZZ喫茶 (スゥイング )は、安価で時間を潰せる楽天地だった。

スゥイング
当時、周辺に数あったJAZZ喫茶のひとつ。
大きなスピーカーから叩き出される音は
真空管を使ったアンプを通った大音響だ。
音源はSP盤ではなく、LP盤に替わっていたが・・・
珈琲一杯で、文無しが何時間でも粘れるありがたい場所。
スピーカーの前で、よく昼寝をした覚えがある。

10c110x140y140t84075  嘗て、スゥイングがあった場所。
 今は、何といって特徴のない建物があった。



10c55x33y137x110y84122t071  そこから左に目をこらすと
 武具を扱う店舗が・・・
 当時から在ったかもしれないが
 記憶の橋に思い当たらない。



JAZZ喫茶のほかに通った店については次回。

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2014年9月 7日 (日)

古刹の昼さがり ~佇まい~

静かな境内に護摩を焚きあげる読経が流れている。

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 老若男女というが
 若い女性の訪れも珍しくない。
 昨今 寺女(てらじょ)とでも呼ぶか?






32x78y151t84img_0301  あの タマネギ ではありません。




9a9c238x207y84img_0310  奥の茶室には
 廊下に啼き龍の天井があるそうな。



3c61x74y120t84img_0305  古い本堂は質素な造り





7c172x158y84img_0317  大師堂は真新しい




15c64x50y84img_0321  こちらも新装なった五重塔




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 相輪(九輪)について
 こちら で勉強させていただきました。

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2014年9月 3日 (水)

古刹の昼さがり ~参詣~

お馴染み、ご近所の古刹を訪れた。
珍しく露店が出ていず、静かな日曜の午後。

それぞれの写真に一文を沿えようと
頭を捻るが無駄に日を費やすばかり・・・

所詮、拙い写真に駄文を添えてもと
写真だけをアップする。
感性の枯渇は、そろそろ年貢の納めどころか?

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