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2014年8月22日 (金)

流れ果てし、ひとつ星。 鎮魂

女ですもの 生きていく

8月22日、彼女の命日が巡って参りました。
はじめ、このインタビュー本を読むについて
私には、然程の思い入れがあった訳ではありません。
ただ、同じ時代を生き
その時代を代弁するかのように持て囃された一人の女性。
流行歌手としてでなく、生涯を自死で締めくくった女性として
生あるとき、何を思い、何を語ったか?
そうした、下世話に申せば好奇心から手にした一冊。

自死ののち、娘・宇多田ヒカルによって
彼女が抱えていた心の病の存在が明かされました。

歌手引退から自死まで、彼女に起きた事柄は何一つ知り得ない。
その上で、生前の声を聴くことは、どこか後ろめたく
彼女の、ひとこと一言が、その結末を呼び起こす萌芽であったと
安易に結びつける愚かさに苛まれました。

この記事を書きながら You Tube で生前の歌声を聴きました。
おそらく、再デビュー後の映像と思われる一つを聴いて
失われた才能の大きさを改めて痛感した次第です。
低音域から高音域までに至る、伸びやかな声。
情感豊かに歌い上げる技量。
その姿が、嘗ての藤圭子と重なる必要があったのか?

インタビューで、あれほど頑なに拒否した再デビュー。
それにも関わらず、再デビューした過程も知り得ない。
彼女は納得して再デビューを受け入れたのか?
事情はともあれ、あの歌声・歌唱は素晴らしかった。

藤圭子の歌を怨歌とするなら、発端はいずこに在ったか?
貧しかった子供時代に、その発露を見い出すのは容易だ。

私が見い出した源は違う。
うがった見方を承知で申せば、
彼女が阿部純子として、この世に生を受ける前から
彼女の母の胎内で、怨歌が芽生えた。

生きて語った言葉の数々は、その時の思いではなく
母の胎内で育んだ言葉の数々ではなかったか?
この世に生を受ける前から、自身に植え付けられた言葉。
それを27歳のとき、苛烈に語ったのではないか?


様々な想い、様々な事情。
そうした全ての事柄は、今や昇華されたことと思える。
純子さんの一周忌を迎え、その御霊の安らかんことを
心から念じて、一連の記事を閉じます。

                   合掌


 この記事を書くに際し、下記の図書に材を得ました。
 沢木耕太郎著 新潮社刊  「流星ひとつ}

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コメント

終わっちゃった・・・

もっと 聞きたかったなぁ・・・

私も 何度も You Tube で聞きました。

彼女が生きてきた道に 痛いほど理解できる部分が沢山あります。

ここには書けませんが・・・

素敵な物語を聞かせてくれてありがとうございました。

投稿: 菜っ葉の菜 | 2014年8月23日 (土) 21時38分

菜っ葉の菜さん お付き合いありがとうございます。

このインタビューの前
沢木氏は藤圭子さんに関する記事を探し
その多さに驚いておられました。
ことほど左様に虚実織り交ぜ語られたようです。

ここではインタビューでご本人が語った言葉のみに縋り
書きすすめてきたつもりです。
でも、私の思い込みに外れた部分はあると思います。
その点につきましては、平にご容赦願いたい。

投稿: kattu | 2014年8月24日 (日) 11時44分

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