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2014年8月17日 (日)

流れ果てし、ひとつ星。 第九夜

どう咲きゃいいのさ

藤圭子がインタビューを受けた、1979年秋。
彼女は、インタビューの中で仕事を取り巻く環境を嘆いている。
この事は、そのインタビューを通し、
強気な発言を繰り返す中では珍しく映る。
いわゆる 営業 と称される地方での仕事場は
とても歌をじっくり聴かせる環境ではなくなった、と。
それどころか、歌える環境ですらないと不満を募らせる。

レコード歌手は、自分のレコードが売れて生計が成り立つ。
他には歌謡ショーなどの仕事があり、これはレコードがヒットし
顔が売れると自分ひとりのショーを催すことが可能になる。
営業とは、ホールや劇場といった大きなステージではなく
ナイトクラブや旅館に設えられたステージで歌う仕事である。
その営業でまともな仕事が出来ない。
歌に、ストイックなまでの拘りをみせる藤圭子のこと
とても耐えられない環境であったようだ。
こうした仕事環境の悪化が、彼女から歌う意欲を削いでいった。

歌に心を込めることなく、ただ惰性で歌うなど考えられない
彼女のインタビューを読むと、そうした事情が
歌手引退へのキッカケとなっているようにも読むことができる。

レコード歌手が、曲をヒットさせるために大きく影響した存在が
全国の家庭に普及していたテレビである。
曲がヒットして注目されるとテレビ番組への出演が叶う。
また、テレビで注目されてレコードが売れる。
まして、大晦日のNHKの番組に出演したならば
その後、3年は地方で喰えると謂われた時代である。

デビュー曲が売れ、時代を背負う存在と持てはやされた藤圭子。
地方の歌謡ショーはもとより、営業での収益も軽視できない。
大きなビジネスチャンスとしての存在になってしまった自分と
真摯に歌と向き合う自分と、その狭間で揺れる心。

一度、頂点まで登りつめた藤圭子は
隣りの、より低い頂に飛び移る身の軽さを持ち得ず、
そうした身の処し方を善しとするつもりもない。

彼女はインタビューで続ける。
彼女が駆け抜けた1970年代にして
テレビ界で、歌をじっくり聴かせる番組が無くなったと。
この70年代から80年代、あるいは90年代も含め
日本歌謡界は黄金期といって過言ではない時代でなかったか?
フォークソングやニューミュージックの台頭が目立ち、
一方で、新人歌手の発掘を目的とするテレビ番組から輩出された
新しいスターの活躍は社会現象にもなった。

それにも関わらず。少なくとも演歌を歌う歌手たちにとって
既に生き難い時代の波が押し寄せていたのかもしれない。

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  藤圭子は、その時代の果てに
  何を見つめていたか・・・

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