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2014年7月26日 (土)

流れ果てし、ひとつ星。 第五夜

十五、十六、十七と・・・

さて、関東地方は梅雨が明け、夏真っ盛り。
しかし、この話題にはアキが来たようで、早々に退散しようかね。

流星ひとつ のインタビューの中で
インタビュアー (著者) は、藤圭子に迫る。
あなたほど、マスコミに弄られた女性歌手もないでしょう? と。
藤圭子は、虚々実々さまざまな醜聞を書かれたようだ。

貧乏から這い上がる。
人気作家から冠せられた怨歌 (えんか) の称号。

特に、マスコミが食らいついたのが 貧しさ だった。
次が 旅芸人の子 か?

マスコミだけではない。
私の、この賢しらな文章のような素人の文章も散見される。
父は浪曲師、母は曲師(三味線弾き)とか・・・
一家は旅芸人として、角付けで生計をたてていた、とか。
盲目の母である瞽女の手をひいて・・・などなど

本人の言では、視力を失った純子の母は
親類縁者の世話にはならぬ覚悟で浪曲師になったのだ。

そもそも、浪曲を唸る 瞽女 など居るものか!?
あやふやに知り得た話に、尾ひれをつける恥ずかしさ。

しかし、貧しさは想像を絶したらしい。
両親は、北海道内の芸人仲間 (一種の一座) に加わり
道内を巡って仕事の場を得ていた。
時に、予定外の仕事が入れば、そちらに移る。
子供たちだけの生活は、当初の留守分の金しかなく
旅が長引けば、その間、子供たちが困窮する。
子供たちは、残された生活費で納豆を買い、
それを転売して生活していた、と純子の頃を語る。

こうした貧しさは阿部純子の人格形成に
少なからぬ影響を与えたとみられ
本人も認めるところである。
あの頃の貧しさはコンプレックスとして残っている。

阿部純子は中学の卒業式で卒業証書を受け取り
そのまま上京の列車に乗った。
世に言われるが如く、中学もろくに出ないで、は嘘。

上京は歌手への希望を繋ぐ旅であると同時に
父から繰り返される暴力からの逃亡でもあった。
そうした暴力を受ける日々が、藤圭子の人格形成に
大きな影響を及ぼした二つ目の要因と考えたれる。

藤圭子の人生が暗かったのは、
15歳からの日々ではなかったわけである。

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コメント

こんにちは♪

いやぁ~
流れ星…じゃなかった、えっと
「流れ果てし、ひとつ星」シリーズ
一気に読みましたよ♪
面白かったです。

母親が盲目とか父親が旅芸人の話は
本当だったのですか?
あれは誰かの作り話だと思っていましたよ。

まだまだ続くんですよね、
次回の更新楽しみにしています。

投稿: はなまるちゃん | 2014年7月27日 (日) 16時25分

はなまるちゃん、ようこそ。
そして、お暑うございます。
都では千年を越える祭りが済んだところで
さぞかし、暑さも増したことでしょう。

たまの山歩きはリフレッシュと避暑を兼ねるかと思いますが
下界に降りると、一瞬で爽快さが吹き飛んでしまいましょうね。
と、お宅に伺って書き込まねばならないことを
ここで済ませるズボラをご容赦あれ・・・

さて、マスコミなどに散々書かれた藤圭子さん。
ご両親のことは、「流星ひとつ」で本人が語っており
間違いのないところでしょう。
ただ、旅芸人と呼ぶのは違うようです。
北海道旭川市に帰るべき家があり
道内の仕事が発生したとき、出張していたそうです。
中央と地方の違いはあれ、芸能人の仕事の形でしょう。

そんなことで、もう少し続きます。

投稿: kattu | 2014年7月27日 (日) 21時44分

時代と寝た女・・・

と表現されたのは 百恵ちゃんでしたが、圭子さんのほうが当てはまっているように思います。

私も このシリーズ大好きです。

いつもkattuさんにコメントを書きながら・・・ もっと深く知りたくて何やら検索していると コメントが完成せず途中で止まってしまったものが多々あります。

これも 3日がかり^^
著者が沢木耕太郎さんだったのですね。ますます『流星ひとつ』が読みたくなりました。
沢木さんの「深夜特急」がドラマ化され、若き日の沢木耕太郎を大沢たかおが演じたことで 大沢ファンになった私です^^
(「深夜特急」の中に藤圭子が登場していました)

でも kattuさんファンにとっては 『流れ果てし、ひとつ星』シリーズが楽しみで これが終了してから『流星ひとつ』を読むつもりです。

良かった、コメント送れた^^

投稿: 菜っ葉の菜 | 2014年7月30日 (水) 08時12分

菜っ葉の菜さん、3日掛かりのコメントありがとうございます。
途中で終わってしまったコメントたちとも逢ってみたいものです。

「時代と寝た女・・・」ですか
どこか世間と「山口百恵」に、媚とケレンを感じます。
藤圭子さんの歌が、真からの「怨歌」とするならば
私は「時代から請じられた女」と評したい。

沢木耕太郎氏の著作は、ほぼすべてを読んでいますが
「深夜特急」の記憶は薄れてしまいました。
「流星ひとつ」で、氏からフランスの空港で出遭った
人形のように整った顔立ちの少女が語られ
藤圭子さんが、そのときを思い出していました。
インタビューを受ける前、圭子さんは氏の著作を読んだそうです。
それが「深夜特急」でなかったので、印象的な再会となりました。

ところでアンタ!
「流星ひとつ」を読むのは止しとくなはれ
わてのボロが出ますやないか!?

投稿: kattu | 2014年7月30日 (水) 23時26分

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