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2013年9月 8日 (日)

迎賓館 赤坂離宮 ~柵外の章~

迎賓館・赤坂離宮の総面積は111万7千㎡という。
数字では実感が湧かないが、地図をみると
入園して園内を歩き回った経験がある新宿御苑と比べ
1~2割ほど広いことがわかる。
迎賓館の敷地の約7割は樹木で覆われているというが
今回は非公開で、その広さを体感できないのが残念だ。

迎賓館の正門へは、表通りからの取り付け道路で向う。
  (神社仏閣でいえば参道のようなものか?)

10c105x84y173t80img_3660  その道路を進むと
 あの白亜の外柵が見えてくる。


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 外柵の手前の左右には憩いの場。
 水が湧き出て、寛げるベンチがある。


5c89x105y138t70img_3614  一見、瀟洒な外柵だが
 近寄るとさすがに偉容が感じられる。
 これが国家の威信というものか?






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 外柵の上には、正門と同じように
 装飾が施されている。





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 こちらは紋章のようであり
 花冠のようにも見える





7c122x135y8r148t80img_3530  正門から覗くと本館は遠い。
 左右に144本の黒松が生える
 門庭の緑が鮮やかだ。
 外国の賓客をもてなす日本的な趣向。                     

5c224x213y122t80img_3606  本館内はもとより
 この緑の庭も散策してみたいものです。


かくして入場のため、西門に向う。

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コメント

日本とは思えない雰囲気ですね。まるでイギリスのバッキンガム宮殿のようです!
レリーフも菊の紋や鎧だったり 洋と和がうまく調和されて圧巻ですね。

いったい誰が建築したのか 知りたくなってお勉強しました^^

片山東熊さんという方なのですね。Wikipediaで調べると 作品の数々が・・・・すごい方ですね。
しかし この美しい建物は 明治 大正 昭和の3代の帝に好まれなかったと書かれています。絢爛豪華すぎたのですね。

正門だけでこの豪華さですから 中をご覧になったkattuさんは 素晴らしく贅沢な時間を過ごされたのですね!

写真を見ると、周囲のビルから 庭園の様子がわかるのでしょうね

修学旅行で皇居の前を通った気がしますが 赤坂離宮は無かったなあ・・・・(遠い目)

で・・・暴れん坊将軍は ここに居たわけ?

投稿: 菜っ葉の菜 | 2013年9月 8日 (日) 17時29分

菜っ葉の菜さん、おおきにぃ!
ワテがウンチク有りげに展開しようとした構想を、
あっさり壊してしもうた・・・全くコマッタお人や(爆笑以外にのぅおますぅ)。

そうだす! 片山東熊はん云うお方が10年の歳月を掛け
造らはったんが今の迎賓館、当時は東宮御所だす。
東宮御所やさかい、帝はお住まいにならしまへん。
僅かに明治天皇はんの東宮(後の大正天皇はん)が短期間だけ住まわれたそうな。
建物への好き嫌いではのうて、単に、そこに住む必要が無かったからやおまへんか?
広大な皇居がありますやろ。

紀州藩五代藩主にして、八代将軍に昇られた吉宗公は
先代将軍である家継公の逝去の後、選ばれた将軍だす
よって紀州藩中屋敷に詰めておられた事実はあらしまへんやろ。
直接、千代田のお城に入られ、本丸に居を構えられたんやおまへんか?
その折り、それまで幕府の相談役であった学者を退け
紀州人を多くもちいられたそうや。
まるで米国の大統領が交代したようやなぁ・・・

今の東京では、皇居ですら高みから覗かれる環境におます。
古の雅な方々がご覧になれば、さぞかし嘆かれますやろ。

最近読み込んでいる書下ろし時代小説に関西弁が出てきます。
それで贋大阪弁に成りますのんや、堪忍な。

投稿: kattu | 2013年9月 8日 (日) 22時39分

o(^▽^)oキャハハハ  関西弁 お見事!!

東宮御所というところは帝が住むところではない・・・?ということ?

またここで 東宮御所についてお勉強^^

なるほど 皇太子時代にお住まいになるところなのですね!
面白いもので こんなキッカケがなかったら 
一生知らなかったなぁ~ と思う^^

なんだか 皇室の人間になってきたような錯覚に陥る ワ・タ・シ!

そういえば 昔 私が小学校に上がるころかなあ・・・
美智子様と浩宮様が和歌山にお出でになったとき 沿道で友達の家族と一緒に国旗を振ってお迎えしました。

浩宮様と同年代のワタシたちは 髪をきれいに束ねて お正月に着る一張羅に着替え 母親たちに前に前に押しやられました。 
警備のおっちゃんに「下がって!」と叱られ、お友達と後ろに下がると・・・ 
なんと 母親たちは「いや~ うちの子、浩宮さんに見初められるかもしれへんのに!」と 警備員に食ってかかっているうちに あっさり浩宮様を乗せた車は通り過ぎていきました(笑)

あれはなんだったのか・・・ 皇太子の嫁にナリそこねたことだけは幼心に分かりました。  

投稿: 菜っ葉の菜 | 2013年9月 9日 (月) 23時52分

残念でしたね。
もし、その時、皇太子に見初められていたら
こんなケチなブログで接する機会なぞ無かった。

それにしても善いのかなぁ・・・?
本分のブログをウッチャッテ、こうした「交換文書」を愉しげに交わす昨今(笑)。

関西弁。
我々、東国人は関西芸人のがさつな話しぶりを
それだと考えがちです。
しかし、現実は多様なのでしょうね。
京ことばは優美な響きがありますが、
大坂の船場あたりの老舗で
ご寮さんや恋さんが話す言葉には上品なものがありそうです。
そうした関西語圏は、隣接する奈良や兵庫はもとより
和歌山あたりまで拡がるのでしょうか?

時に優雅に話しかけ、時に笑いを誘うと思えば
一変こわもての側面をみせたりと、絵になる言葉です。

「言葉は活きている」と、その乱れを安易に容認する輩がおります。
たかだか400年の江戸言葉なぞ、一瞬に吹き飛びそうですがして
歴史と伝統がある関西言語は健在でしょうか?

投稿: kattu | 2013年9月11日 (水) 05時33分

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