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2013年2月12日 (火)

江戸も帝都も日本橋

大坂以来の伝統で、かの地ではニッポンバシと称するとか。
それが江戸・東京ではニホンバシと呼ばれます。

江戸の日本橋は、日本橋川に掛かる橋であり、
その界隈の地名でもあったそうな。
今でこそ、魚市場は築地ですが、
徳川家が支配した江戸期、河岸は日本橋にあったそうな。
また日本橋川は、江戸市中で発達した水路の一つとか。
 コレ、時代小説からの受け売り也)

5r3c80g141t72img_9431  葛飾北斎 「富嶽三十六景」から
 江戸日本橋
 フェルメール・センター銀座 「あっぱれ北斎!光の王国展」から

徳川家康が、この日本橋を基点とした五街道を整備して
幕藩体制の基としたのは知れた事実。
そして、今も日本道路元標がある。
最初の架橋から数えて19代目が今の橋梁という。

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 日本橋の親柱の獅子。









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 中央柱の麒麟。







いずれも帝都を守る彫刻とされる。
普段はあまり訪れることが少ない日本橋。
まして夜間に渡るのは珍しいこと。

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 東京五輪の開催に伴い
 高速道路の下に甘んじるも
 その誇りは忘れられてはいない。

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