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2013年2月 4日 (月)

写真とは誠に都合のよいもので・・・

しかし、使われようによっては誠に恐ろしいものでもある。

森羅万象。あらゆる事象にカメラを向けると
それらを限られたフレームに閉じ込めることができる。
その折り、森羅万象を切り取る意図は
撮影者の思い込み(思索・思想)に左右されるのは明白だ。
その意図は、真実か? 虚構か?
はたまた幸運が、あるいは不幸が導いた偶然か?

撮影者の撮影意図、それを採用し利用する者の思惑。
それぞれが入り組んで、写真が一人歩きすることもあろう。

永遠の刻の流れの、ほんの一瞬を切り取ったがために
生涯、煉獄の苦しみに苛まれたか、と
私が邪推する一人の撮影者がいた。

先の1月27日に訪れた横浜美術館で開催中の写真展
ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真展
に登場する アンドレ・フリードマン、後のロバート・キャパだ。

私はロバート・キャパに、さほど興味を持っていなかった。
報道写真家。幾つかの伝説的な一瞬を捉えた戦場写真家。
世界的な写真家集団であるマグナム・フォトの創立メンバー。
戦場で地雷を踏んで亡くなった、その前途が惜しまれた撮影者。

それでも横浜まで出向いて写真展を観ようと思い立ったのは
ロバート・キャパとは
当初、アンドレ・フリードマンと、ゲルタ・ポホリレが創り出した
架空のカメラマンの名前だったと知ったからだ。

二人は知り合って間もなく恋に落ち、
そしてゲルダがアンドレを公私に渡ってサポートした存在だった。
それ以降の3年余り、ゲルダが戦場で落命するまで
二人は戦場で行動を共にして、それぞれの写真を撮り続ける。

二人が撮った写真群は、如何にして公開され脚光を浴びたか?

キャパ(アンドレ・フリードマン)が撮った伝説の報道写真。
スペイン内戦の最中、銃弾に貫かれた兵士を撮った一枚。
「崩れ落ちる兵士」は、長く検証されてきたという。
果たして、あの兵士は本当に銃弾に倒れたのか?
あの一枚を撮ったのは、本当にキャパ(アンドレ・フリードマン)か?
もしかして同行していたゲルダ・タロー(ゲルタ・ポホリレ)が
撮ったものではないか?

そうした永年の疑惑、ミステリーに大胆な仮説で挑んだ
一人の作家がいる。
若き日、日本を発し、ユーラシア大陸からヨーロッパを渡り歩き
その経緯を「深夜特急」として上梓して注目を浴びた
沢木耕太郎氏だ。
その鋭い取材と、深い洞察に定評ある作家が
あの伝説の一枚に秘められた「真実」を検証した。
氏が立てた仮説は、あの崩れ落ちる兵士は本当に死んだのか?
報道写真で世界初の、銃弾に貫かれて崩れ堕ちる瞬間の写真か?

ネガ(銀塩写真でネガの存在がデータの全て)は失われ、
残された少ないプリントを元に、コンピュータグラフィックスを駆使し
問題の一枚を分析・解析して導いた結論とは・・・

真相に迫るカギは両者が愛用していた撮影機材にあると・・・
アンドレ・フリードマンが常に使っていたのはライカ。
撮影されるフレーム比率は横長だ。
一方の、ゲルダ・タローが常用していたのはローライ・フレックス。
レンズが上下に2つ並んだ箱型のカメラで、正四角形の写真を撮る。
唯一、異なる画面比率を頼りに迫真の検証が為された。

  因みにライカは機動性溢れる小型カメラ。
  対して、ローライはじっくり構えるに適したカメラ。
  その差が二人の写真の性向に微妙な綾を与えている様が
  この写真展で認められる。

そうした検証の過程は、沢木耕太郎氏が
「キャパの十字架 (文芸春秋社・2月刊行」に著しているという。
また2月3日に放映されたNHK総合テレビのNHKスペシャル
「沢木耕太郎が推理! 戦場写真・最大の謎」でも、その一端を
観られたと想う。

かの歴史的な戦場写真は、アンドレ・フリードマンがパートナーの
ゲルタ・ポホリレと組んでいた「ロバート・キャパの作品」である。
当時アンドレ・フリードマンは22歳。
既に報道世界の雄であったタイム誌に掲載されるやいなや
その一枚は世界中を駆け巡り、キャパ(アンドレ・フリードマン)は
報道写真界の寵児として持て囃されたのは想像に難くない。

この時、もう一人のキャパであるゲルダは既に戦場に散っており
残されたキャパの採るべき道は閉ざされていたのだろうか?
沢木耕太郎氏の推理 ~それは限りなく真実に近いと思われるが~
あまりの事態の早い推移に、真実の声を挙げる時を失ったか?

またはロバート・キャパとして共に生きたゲルダへの鎮魂歌と
アンドレ・フリードマンが甘んじた結果か?

あの「崩れ落ちる兵士」の真相は、斜面で足を滑らせた瞬間。
そんなあっけない推理の結論は、キャパとゲルダが残した
数枚の写真から導き出されたものだった。

沢木氏は思ったことだろう。
そして、私も思った1つの思いは・・・
あの写真が捏造であれ、真実であれ
培われてきた刻を翻す意味は、どれほどのことがあるのか?
仮に捏造であったとして、そうなった経緯を明らかにする価値は?

アンドレ・フリードマン=ロバート・キャパの、
撮影者としての存在意義は、
彼が終生、撮り続けた写真の中にあるだろう。
戦場で早世した、かつての恋人を追うかのように
常に戦場で最も過酷な場面に立会い、戦いの最前線で命を果てた
その生きた軌跡がロバート・キャパそのものだったろう。

キャパは亡くなる前の平和な日々に我が国を訪れている。
招いた報道機関は、キャパが嘗て撮った要人の写真撮影を
望んだが、実際に彼が撮ったのは、何気もない庶民ばかりだった。

決して歴史的ではない写真を撮り続けたキャパの
撮影者としての眼と生き方を知たとき
この写真展を観た意義を感じとった。
同時に、あの一枚を公開して以来、何も語らなかった日々が
贖罪の日々に充てられたと思われてならない。

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