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2011年6月27日 (月)

文庫本の解説

作家の方々は、ご自身の作品を単行本として世に出した後、
数年を経て文庫本として二度目の出世を為されたとき、
この上も無い誇りと慶びを抱かれるとか・・・

しかし、そうした出版文化の善き時代は遥か昔?
本が売れない時代が訪れています。
電子出版の話題は次に譲るとして、紙の本の話題です。

文庫本の全般に渡るのではありませんが、本の末尾に
解説 が付く場合があります。
この解説の筆者は、千差万別と申しましょうか、
必ずしも文芸評論家の筆になるとは限りません。

なかには、功なり名を遂げた作家の筆に成るものもあります。
ところが、これが曲者。
これが本当に解説かい? と疑わしいものの何と多いことか。

良くあるのは・・・
本編を読んでいらっしゃらない読者のために、
ここでは種明かしはしません。

などといった断りを入れながら、しっかり本分を引用したり、
筋を明かしたりする手合いの多さであります。
そんなモン、小学生の読書感想文にも劣る駄文であります。

まず読んで、見落とした部分は結構あります。
伏線や、物語りに隠された事情など、気付かずに読み下す
場合は少なくありません。
そうした部分を、じっくり読み込んだ解説者に明かして欲しい。
そう思うのは私だけでしょうか?

この度、読み返している池波正太郎氏の作品群の中で、
かの鬼平犯科帳の文庫本一巻に書かれた解説文は
植草甚一の筆になるもので、一切作品に触れることなく
作者の人となりと、作品を紹介した名文でした。

今回読み終えた、仕掛人・藤枝梅安の第三巻。
梅安最合傘(もやいがさ)の解説も出色の読み物でした。
実際には、筆者(解説者)の語りの形を得ていますが、
そこはそれ、筆者たるや10代目金原亭馬生を父にもち
叔父は3代目古今亭志ん朝、そして何よりも祖父は
5代目古今亭志ん生という女丈夫、池波志乃女史です。

粋な仕舞屋(しもたや)の奥で、長火鉢の前に座った粋筋の
姐さんが、色々語る風情の文章であります。

こちらも、いちいち作品の筋を語るのではなく、
作者の人柄を語るでなし・・・
作中の食べ物に掛けた話しで梅安作品を浮き彫りにする。
この辺り、あの口うるさい(と、巷間噂の)夫君・中尾彬氏を
黙らせる包丁捌きもかくやと思わせる冴えがあります。

心に染み入る作品を読み、
その後で読後の悦びを数倍もに拡げてくれる出色の解説に
出逢うとき、読書の醍醐味を感じずにはいられません。

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