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2011年6月

2011年6月30日 (木)

ボケ~ッとしていても熱中症!

29日、関東各地では最高気温が35℃以上の猛暑日となり
中症で病院に搬送される人々が多数に及んだとか・・・

この熱中症について、近年明らかになった部分があり
その対策も着々と進みつつ有るようです。

我々の対応策は、先ず仕事なり何なりがあろうと休む!!
熱中は熱中症の大敵です。

何かおかしいなぁ・・・と感じたとき
仕事中でも休暇中でも、まずは、日陰の涼しい場所に移る。
水分を補給する。
などなどは基本中の基本ですね。

熱中症対策に、早すぎることは無いようです。
愚策を弄して、大事に至らなかったのが幸い。






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2011年6月29日 (水)

地デジ化を済ませました

住んでいる集合住宅は、ケーブルテレビの加入しており
この度、地上波テレビのデジタル化に伴う対応が済みました。

チューナーへの接続やら、設定などはケーブルテレビの職員に
全て任せての移行です。
これで1ヶ月後に控えた完全地上デジタル放送への対応が
整ったわけです。

とはいえ、古いブラウン管テレビでデジタル放送を観たところで
これまでと大きな画質の差はありません。
とりあえず、古い機械で新しいキマリに対応できたことを
寿ぎましょうか・・・

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2011年6月27日 (月)

文庫本の解説

作家の方々は、ご自身の作品を単行本として世に出した後、
数年を経て文庫本として二度目の出世を為されたとき、
この上も無い誇りと慶びを抱かれるとか・・・

しかし、そうした出版文化の善き時代は遥か昔?
本が売れない時代が訪れています。
電子出版の話題は次に譲るとして、紙の本の話題です。

文庫本の全般に渡るのではありませんが、本の末尾に
解説 が付く場合があります。
この解説の筆者は、千差万別と申しましょうか、
必ずしも文芸評論家の筆になるとは限りません。

なかには、功なり名を遂げた作家の筆に成るものもあります。
ところが、これが曲者。
これが本当に解説かい? と疑わしいものの何と多いことか。

良くあるのは・・・
本編を読んでいらっしゃらない読者のために、
ここでは種明かしはしません。

などといった断りを入れながら、しっかり本分を引用したり、
筋を明かしたりする手合いの多さであります。
そんなモン、小学生の読書感想文にも劣る駄文であります。

まず読んで、見落とした部分は結構あります。
伏線や、物語りに隠された事情など、気付かずに読み下す
場合は少なくありません。
そうした部分を、じっくり読み込んだ解説者に明かして欲しい。
そう思うのは私だけでしょうか?

この度、読み返している池波正太郎氏の作品群の中で、
かの鬼平犯科帳の文庫本一巻に書かれた解説文は
植草甚一の筆になるもので、一切作品に触れることなく
作者の人となりと、作品を紹介した名文でした。

今回読み終えた、仕掛人・藤枝梅安の第三巻。
梅安最合傘(もやいがさ)の解説も出色の読み物でした。
実際には、筆者(解説者)の語りの形を得ていますが、
そこはそれ、筆者たるや10代目金原亭馬生を父にもち
叔父は3代目古今亭志ん朝、そして何よりも祖父は
5代目古今亭志ん生という女丈夫、池波志乃女史です。

粋な仕舞屋(しもたや)の奥で、長火鉢の前に座った粋筋の
姐さんが、色々語る風情の文章であります。

こちらも、いちいち作品の筋を語るのではなく、
作者の人柄を語るでなし・・・
作中の食べ物に掛けた話しで梅安作品を浮き彫りにする。
この辺り、あの口うるさい(と、巷間噂の)夫君・中尾彬氏を
黙らせる包丁捌きもかくやと思わせる冴えがあります。

心に染み入る作品を読み、
その後で読後の悦びを数倍もに拡げてくれる出色の解説に
出逢うとき、読書の醍醐味を感じずにはいられません。

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2011年6月23日 (木)

一連托生の果ては・・・

フクシマでは、どれだけの真実が隠蔽されたのか?

当事者の東京電力はもとより、原子力保安院やら、政府も然り。
理解出来ないのは、前政権である自由民主党が敷いた国策
原子力発電の齟齬を、対立する民主党が庇うかのように
真実を国民の前に晒さない事実である。

およそ明らかになった事実を紡げば、福島第一発電所が震災の
被害を受けたと同時に、この原発は機能を停止し、二次災害が
勃発していた真実です。

当事者(自衛隊員や消防隊員)は決死の覚悟で作業したであろう、
地上や上空からの放水作業にしたところで茶番に過ぎず、
あの時点では、核燃料は溶解状態にあり、避難地域の
20~30km圏はおろか、それ以外の地域にも放射能を
振り撒いていた事実をどう釈明するのか??

産学官が結託して推し進めた原子力発電で、
旗振り役を努めた自民党員の面々には、
如何なる利益がもたらされたか?
所詮は選挙の際の票と、日常の利権でしか動かない
政治屋のこと、存分に甘い汁を吸っているのでしょうね。
そして、この期に及んで原発推進を提唱するウマミがあろう。

それにしても菅首相・・・
市川房枝女史のもとで市民政治に心を燃やしていた頃に戻れ!
などとは申しません。
せめて厚生大臣として薬害禍に節目を付けた頃の気概を見せてくれ。

その第一は清く身を引くことだと思います。
次いで、次の選挙で小沢某と鳩山某は落選させましょう!!

地元民選挙民の代弁で有るべき代議士が、
己の保に走るなど、以ての外。
選挙に落選させて只の人にして差し上げましょう♪♪


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2011年6月22日 (水)

夏ニ至ル

夏ニ至ル
梅雨の真っ只中というに、夏至の今日は正に真夏の陽射し。
気温も30℃を越すのが確かなようだ。
涼しげに咲いたユリの花だが、萎れるのが早いか…
気紛れな天気に
2〜3日付き合わされそうな予報を恨めしげに眺める。
真夏の予行演習にしてはチトやりすぎでは。

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2011年6月20日 (月)

残るはひと月 そして一年

ご承知の通り、地上波テレビは残すところ1ヶ月で
地上デジタル化に完全移行されます。
いま、朝晩見ているブラウン管テレビの命運は僅か・・・

住まいの集合住宅のオーナーさんが、地デジ対応のチューナーを
各戸につけてくださり、当面は凌げます。
もちろんメインのテレビは地デジ対応の機種に替えていますから
緊急避難的な措置です。
聞けば、昨今のテレビ事情は大幅な値崩れ状態とか。
通常の価格で5万円台のものが、3万円台まで落ち込んでいるとか。
ケチなことを言わずに、さっさと値崩れテレビを買えばよいのですが。
貧乏性ですね、壊れていないモノを捨てられない。

一方、こちらも何度か書き込みをしましたが
携帯電話の使用周波数の変換に伴い、いま使っているケータイは
一年後には使えなくなります。

巷では、スマートフォンに人気が高まっているようです。
いちいちパソコンを立ち上げる要がなく、出先でも気軽に
インターネットに接続できる利便さがウケたのですかね?

俗に、猫も杓子も・・・という言葉がありますが
どうやら私にとってのスマートフォンは猫に小判
無用の長物のようです。

大体、あのように寸暇を惜しんでケータイに取り付く余裕など
私にはありません。
どちらかといえば、寸暇を惜しんで惰眠を貪るか、読書する。
これが基本パターンですから・・・

世の中の情報を瞬時に把握する。
これは大切なことですが、んなモンは無くても生きていけるゾ!
まぁ、アナログ人間の遠吠えですわなぁ・・・

いずれにせよ、身の丈にあった道具を使うのが穏便な措置です。
だが、その道具がなかなか見付らないのです。







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2011年6月15日 (水)

皮肉にも

先の世界大戦末期、原子爆弾を投下され、
唯一の被爆国となった我が国は、
戦後の長い期間を通して核兵器廃絶を訴えてました。

しかし、その効果は薄く、漸く米国と露国との間で核軍縮が
具体的に動こうとしています。

そこまで、およそ半世紀の年月が費やされたわけですが、
今回の福島の原子力発電所における事故の後、
世界の潮流は一気に原発廃棄へと傾き始めています。
これは何たる皮肉か・・・

戦時下での核兵器不使用を訴えてきた日本が、
平時の原発事故で多大な影響を全世界に振り撒きつつある。
被害者が瞬時で加害者になり、地球上の耳目を一点に集める
結果になりました。

ただ一つ、原子力エネルギーは戦時下でも、平時下でも
猶予ならざるエネルギーであることを、世界に認識させた
日本の存在意義だけが残ったのでしょうか??

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2011年6月14日 (火)

二度の被爆国として何を成すすべきか・・・

我が国は、先の世界大戦終盤において、米国が投下した
原子爆弾によって、広島と長崎で市民多数が被爆しました。
数十万人という死傷者の多さは、この新型爆弾の恐ろしさを
知るには、あまりにも多大な犠牲を強いられました。

いわゆる原子力は両刃の剣であり、原子爆弾という
大量殺戮兵器のエネルギー源です。

一方では、平和利用として原子力発電に利用されたり、
軍事的な抑止力としての艦船や航空機にも利用されています。
しかし、問題は
原子力エネルギーの平和利用を推進する唯一無二の理屈が、
原子力は安全なエネルギーであるという喧伝です。

今回の東日本大震災は、そうした原子力の安全性は
砂上の楼閣であった真理を露呈しました。
絶対安全に運用される筈の原子力発電所は、
その実、やはり厄介者であったと追認させられました。

まして、安全に運用された原子力エネルギーですら、
その放射能を消し去るには半永久的な時を要します。

活発な火山帯の上に原子力発電所を建設し、処理しきれない
放射性のゴミを排出とい続けた施設によって、福島県民は
生まれ育った土地を離れざるを得なかった。
その理由に未曾有の国難を挙げながら、本当に避け得なかった
人災なのか?
時を超越した深く細かい検証が必要と思われます。

それこそが、二度に渡って被爆者を出した日本の使命と思います。

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2011年6月12日 (日)

雨期、緑葉そして紫陽花。

真言宗智山派別格本山 高幡不動尊金剛寺

ご町内の気安さから暇つぶしに訪れる古刹ですが、
改めて本来の寺名を記すとありがたいお寺さんとの思いを
新たにします。

この時期は紫陽花が見頃をむかえ、参詣の人々で賑わいます。
また新撰組の副長・土方歳三の菩提寺としても有名で
新撰組に思いを寄せる人々が多く訪れる古刹でもあります。

このたび、色濃くなった緑の木陰に、兼ねてから造営されていた
大師堂が落成し、お参りの人々が引きも切らず訪れていました。

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 余談ですが、途切れない参詣者が居ない瞬間を
 撮るには根気が勝負です。

境内には携帯電話のカメラで撮影する一般の人々。
長ダマを装着した一眼レフと、三脚が自慢の俄かカメラマン。
様々な人々が思い思いに紫陽花を撮影していました。

15t72img_2760  
 私が撮影したコマの中から一枚。










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2011年6月 5日 (日)

キのネからツチのオト

本来は、柝の音から鎚の音と書くようです。

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この解体現場は、4月28日におよそ60年の歴史に幕を閉じた
歌舞伎座の跡地です。

新しい歌舞伎座は、29階のオフィスビルを併設した高層建築に
生まれ変わりますが、その正面は旧来の歌舞伎座の面影を
残した佇まいになるようです。

古い歴史が失われ、新しいものに生まれ変わる寂しさはあります。
しかし、歌舞伎とはカブク(傾く)に通じ、
人目につくような行動や身なりを成す者をさしたそうな。
ならば古い建物にしがみ付くより、新しい価値観を伴ったビルに
建替えられるのも定めか・・・

江戸時代など、歌舞伎は朝から催されたようです。
理由は照明の問題。
昨今、夏の電力不足解消の決定版とばかり持て囃される
サマータイムではありませんが、照明は自然光が基本とか・・・
故に、朝から芝居が始まるのは致し方がないところでもあります。

新しい歌舞伎座では、当然の如くデジタルで制御する照明が
取り入れられると思います。
新しいモノと、伝統を引き継ぐ者たちの融合によって
どんな新しい舞台が見られることでしょう。




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2011年6月 3日 (金)

呆れた

展望も無く倒閣を叫ぶ野党
理念をもたない与党の造反分子

国会議員は全て東北の被災地で避難所暮らしをし
事故原発の側で国会を開くべし

其処までしなければ何も見えて来ないなら
人の皮を被った餓鬼だ
権力と利権の亡者に日本は滅ぼされる

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