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2011年3月27日 (日)

底なしの恐怖

今回の大震災で、私達は様々な恐れや怒りを体験しました。

被災地が大津波に襲われる映像に、ただ目を奪われ
あの脅威から逃れられない絶望感を抱きました。
津波が去って何もかもが破壊され、押し流された光景は
これまでの地震被害には見られなかった悲惨なものでした。
実際に災害に会われた方々の心に残された傷の深さ大きさが
癒される日はくるのでしょうか?

震災後のモノ不足は、人々の心に潜む邪心に恐れました。
被災された方々のことはもとより、共に生活する地域住民の
生活すら考えず、われ先に物資を買い漁る姿に震撼もし
同時に怒りさえ感じたものです。

売る側にしても、あからさまな便乗値上げは見られないものの、
定価販売 (またはメーカー希望小売価格) とでもいうか、明らかに
割高な価格設定は見られました。
そうした価格設定がモノ不足を連想させ、消費者の不安感を煽り
結果として買占めに走らせる心理を増長させはしなかったか!?

そして、最大の人災は原子力発電所の事故
この事故は大震災と、それに続いた大津波による
二次災害の域を遥かに超え、災害以前から潜んでいた
事故と災害だとはいえないか!?

放射能漏れはいうに及ばず、復旧作業員への安全管理の欠落、
放射能に汚染された水が浄水場に至った事実。
何よりも現地住民への説明と、今後の対策の欠落。
そして、これらの問題以外にも隠された問題が存在しないか?
今回の東京電力の対応を見て、国民に対する罪悪感の欠如
怒りを通り過ぎ、呆れてしまうばかりです。

原発の安全神話 を隠れ蓑にして
国民に知らせるべきの危険や事態を隠蔽している
東京電力と、その監督官庁、そして原発導入を可とした国の責任。
それらをウヤムヤにしたまま、原発復旧を認めてはならない。

事は施設の安全対策ばかりではなく
一旦事が起きたときの対策が万全に備わってこそ
放射能を扱う責任が負わされると考えるべきではありませんか?

この先、どれ程の被害が発生するのか?
この地に、再び住むにはどれ程の歳月を擁するのか?
原発から離れた人々の安全は確保されるか?

計画停電など些末な事柄に思えるような
底なしの恐怖と怒りを感じます。























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