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2011年3月

2011年3月29日 (火)

桜花は咲いたが・・・

東京で桜の開花宣言があった。
これまでもチラリホラリと桜花を見かけたが
やはり桜花といえば染井吉野に限るようだ。

平年並みの開花時期だそうだが、昨年より6日遅いとか。
桜花も咲くのを遠慮したか?

桜花の名所、上野公園では桜まつりを取り止めた。
場所取りや宴会、ボンボリへの点灯を中止するのだそうだ。
この時期、飲めや唄えの大騒ぎはそぐわない。
過度の自粛もどうかと思うが、これらは妥当な結論と思う。

それでも静かに桜花を愛でる春ならよいだろう。

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2011年3月27日 (日)

底なしの恐怖

今回の大震災で、私達は様々な恐れや怒りを体験しました。

被災地が大津波に襲われる映像に、ただ目を奪われ
あの脅威から逃れられない絶望感を抱きました。
津波が去って何もかもが破壊され、押し流された光景は
これまでの地震被害には見られなかった悲惨なものでした。
実際に災害に会われた方々の心に残された傷の深さ大きさが
癒される日はくるのでしょうか?

震災後のモノ不足は、人々の心に潜む邪心に恐れました。
被災された方々のことはもとより、共に生活する地域住民の
生活すら考えず、われ先に物資を買い漁る姿に震撼もし
同時に怒りさえ感じたものです。

売る側にしても、あからさまな便乗値上げは見られないものの、
定価販売 (またはメーカー希望小売価格) とでもいうか、明らかに
割高な価格設定は見られました。
そうした価格設定がモノ不足を連想させ、消費者の不安感を煽り
結果として買占めに走らせる心理を増長させはしなかったか!?

そして、最大の人災は原子力発電所の事故
この事故は大震災と、それに続いた大津波による
二次災害の域を遥かに超え、災害以前から潜んでいた
事故と災害だとはいえないか!?

放射能漏れはいうに及ばず、復旧作業員への安全管理の欠落、
放射能に汚染された水が浄水場に至った事実。
何よりも現地住民への説明と、今後の対策の欠落。
そして、これらの問題以外にも隠された問題が存在しないか?
今回の東京電力の対応を見て、国民に対する罪悪感の欠如
怒りを通り過ぎ、呆れてしまうばかりです。

原発の安全神話 を隠れ蓑にして
国民に知らせるべきの危険や事態を隠蔽している
東京電力と、その監督官庁、そして原発導入を可とした国の責任。
それらをウヤムヤにしたまま、原発復旧を認めてはならない。

事は施設の安全対策ばかりではなく
一旦事が起きたときの対策が万全に備わってこそ
放射能を扱う責任が負わされると考えるべきではありませんか?

この先、どれ程の被害が発生するのか?
この地に、再び住むにはどれ程の歳月を擁するのか?
原発から離れた人々の安全は確保されるか?

計画停電など些末な事柄に思えるような
底なしの恐怖と怒りを感じます。























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2011年3月23日 (水)

停電地域の拡大を望む

東京電力の原発が機能停止し、
その影響で計画停電が実施されています。
いまのところ東京都下(23区の殆んどを除く市部)が対象地域です。

地域と時間を区切った限定的な停電ですが、不便なことに
かわりはありません。
停電に成らない地域では節電のための消灯を実施しています。
駅や街頭では極力照明を落としています。

この停電は、5月の大型連休後には一旦休止される見通しですが、
夏には再開を余儀なくされるようです。
次の冬にも継続されるのは避けられないでしょう。
この先、停電で生活に不便を囲うのは無理が生じます。

一番良いのは停電ではなく、節電です。
一度、全地域で停電を体験し、節電の必要性を実感して欲しいものです。
家人の勤務先では、停電を体験した人と、未体験の人では
節電への切実さが違うそうです。

政治・行政・経済の中枢が停電するのは問題ですが、
住宅地なら一度でも停電を体験して、節電意識の向上を目指して
欲しいと切望します。



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2011年3月21日 (月)

モノが無いは本当か?

今回の大震災の影響で、スーパーをはじめ、様々な店舗で
商品が姿を消しています。

端緒は納豆の品薄でした。
震源地に近い茨城県は納得の特産地で、電力不足によって
納豆の生還が出来なくなったそうです。

次いでパン類が無くなり、牛乳が後を追い。
カップ麺や乾麺などが無くなりました。
停電となれば乾電池やロウソクが買い漁られます。
何故かトイレットペーパーやティシュペーパーまで・・・

まるで石油ショックの再来です。
しかし、被災地以外では平和な生活が繰り返されています。
今ここで、一枚の食パンが無くても、
1リットルのガソリンがなくても、
生活が成り立たない現実などありません。

今日明日の生活が成り立てば良いのではありませんか?
明後日のことは明日になって考えれば良いのです。

需要が無いのであれば別ですが、不必要な需要の所為で
供給が間に合わないのが現実ではないですか?
流通の混乱や、一部の生産調整などは有るものの
生活そのものが成り立たない状況ではありません。

日頃行く店舗に物資が無いからといって、全ての店舗で
物資が無いのではありません。
乾電池を十分に揃えている量販店がありました。
マスクを店頭に山積みした店もあります。

開店前の店頭に列を成し、
開店と同時に商品を買い漁るから、後から行ったときには
商品棚が空になっているのです。

自分の目に見えないは、無いではない。
もっと冷静に周りを見渡しものです。

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それは違うベ! 天声人語氏

我が国が未曾有の国難に見舞われている、いま。
些末な事象に目くじらを立てるのは如何なものか?
とは思うものの、やはり気持ちを逆なでするような言葉に
モノ申したくなるヘソ曲がり。

3月20日付けの朝日新聞朝刊。
この全国紙の顔ともいえる天声人語欄の末尾の一説。
我が国は、第二次世界大戦後の荒廃とした国土から
多くの困難に打ち勝って、復興を遂げました。

その事実を、天声人語氏は以下の言葉で表わしました。
(前略) 焼け野原から立ち上げたこの国 (後略)

戦前の国体が崩壊し、全く異なった価値観で
復興を遂げようとした日本は、新たに生まれた国家と
考えられなくはありません。
しかし、国土の大半は温存され、国民の生命も保証された上で
復興した我が国は、決して新たに建設された国家ではない。
故に 立ち上げた はおかしかろう。

昨今、何かといえば立ち上げたが跋扈している。
世間で蔓延するだけでなく、メディアでも安易に使われる。
それにしても、この天声人語氏の立ち上げたには驚愕した。

本来なら、焼け野原から復興を遂げたとか
戦前の日本とは異なる国家に再生した
などと記すべきではなかろうか??

論理と、言葉の達人であるはずの天声人語氏
その達人にして、この安易な言葉づかい。
暗澹たる思いです。

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2011年3月20日 (日)

プロ野球を観たいか?

プロ野球界は、今季の開幕時期を既定方針通りに決定。
一方、高校野球も今春の選抜大会の開催を決めました。
一見同じような決定でありながら、当事者はもとより
様々な受け止め方があるようです。

プロ野球選手会は、主催する野球機構に開催時期の延期を
申し入れましたが却下され、再度の申し入れをしました。
今の状態ではプレーに集中できないという理由は理解できます。
また、甲子園に向け出発した被災地の高校生も、この時期
故郷を離れて野球することに躊躇する気持ちを明かしていました。

高校野球の選抜大会では開会式を取り止めたり、
スタンドでのブラスバンドによる応援を禁止しました。
また、夜間試合にならないような試合日程を組むなどして
被災地の現状に配慮しています。

プロ野球の側は、開催による社会貢献を説いていますが
情勢は厳しいようです。
当事者の選手からの支持が得られないのですから、
再考するのが最善の策だと思うのですが・・・

私はプロ野球ファンでもなく、高校野球にも関心ありません。
それでも、高校野球の選抜大会の開催と、プロ野球の
開幕とでは社会的な意味合いは違うと感じられます。

被災地である仙台が地元の高校生チームと、同じく
地元を本拠地とするプロ球団に向けられる視線は違う。
そう断言できます。
高校野球が善であり、プロのそれは悪である。
そんな理屈を捏ねる気持ちはありませんが、微妙に違う
感情の差を埋められません。















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2011年3月18日 (金)

覆水盆に戻らず

此度の大震災に際して、某知事の発言に唖然とさせられた。

あたかも、この大災害が天罰かのごとく決め付けた発言は
その意図が何処にあろうと容認されるものではない。

確かに、その後の物資不足は我欲そのものである。
いささか使う時期を間違えたか?

つい最近、四選に向けて知事選挙への出馬表明をした某知事。
この発言に天罰が下らぬよう、お祈り申し上げます。
たとえ、忘れ易い有権者であっても、
対立候補がシッカリと思い出させてくれるはずだ。

要る物も、要らない物も買い漁った結果
消費期限が迫った食品を食べ急いで喉に詰まらせ窒息死した。
あるいは、賞味期限を過ぎた食品を食べて食中毒になった。
そうした事態に際して天罰という言葉を使えば
喝采する庶民は多くいただろうに・・・

一度発した言葉を取り消しても、
ひとたび盆から溢れた庶民の心は、二度と戻ることは無いだろう。




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2011年3月16日 (水)

揺れる日本列島

15日夜、静岡地方を震源地とする地震が起きました。
同日朝には東京湾が震源になっている地震がありました。
静岡の地震は、東海地震との関連は無いとの
気象庁の見解が示されました。

この度の東北関東大震災はもとより、
その後、長野県でも大きな地震が起きています。
これらの地震に関連は無いようですが、
国民に与える巨大地震症候群とでもいいましょうか、
心理的圧迫は膨らむばかりです。

潜在的な畏れを拭い去るのは難しいと思われます。
それが有る限り、買いだめなどの自己防衛本能
発露を防ぐなども不可能でしょう。
しかし、(某地方自治体の知事が言った) 我欲 は慎みたい

いまや、被災地でも無いのに、首都を中心に周辺地域で
物資が底をついている状態は天罰に非ず、人災です。
福島の原子力発電所の被害拡大の原因も、人災です。
およそ事故発生後に、住民に向けて非難勧告をする際
半径10キロとか20キロの半径を設定しましたが、
その範囲に相当する地域の設定が、非難勧告後に
定規を当てている有り様です。
原子力という危ういエネルギーを扱うには、あまりにも
脆弱な危機管理体制ではありませんか?

大震災が人々に残した忌まわしい記憶と傷、
そして第二次災害(人災)の終息まで、どれだけの歳月を
擁するのでしょうか?

問題は一国の大災害にとどまらず、世界的な問題として
拡がりつつあります。





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2011年3月15日 (火)

無益な買いあさり

東北関東大地震の影響で、停電だの電車運休だの
なにかと落ち着かない毎日です。

日々の暮らしで目につくのは、スーパーマーケットの店頭から
様々な商品が姿を消したことです。
停電に備えて懐中電灯や乾電池が買われるほか、
ロウソクも品薄になっているようです。

食料品でも同様な心理からか、空っぽの商品棚が目立ちます。
まさか全てが被災地に送られる訳ではありますまい。
モノが無くなる不安感から買いあさりに走るのでしょう。
電力不足から製造できない食品もあるのは事実です。
しかし、押しなべてこれらの傾向は如何なものか・・・

停電や電車の運休、商品の品薄に不満や不安を抱く。
正直は気持ちとは思うのですが、我々とは比べ物にならない
窮状に置かれた人々を思うとき、いささか浅ましく感じるのは
私だけでしょうか?

もう少し冷静に行動したいものです。

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2011年3月13日 (日)

未曾有の国難

電気もねぇ! 水もねぇ!

これは、東北大地震の被災地の話しではありません。
明日から東京電力が配電する首都圏で実施される
計画停電によるものです。
水が無いのは、既に通知があった工事断水によるものでが
公共水道の断水も起こりえる見方もあります。
たまたまの二重苦ですが、被災地の苦難を知るには
格好の障害です。

計画停電は、東電の配電地域を5つのエリアに分け
それぞれ停電時間を設定しています。
私の住まいは、第2エリアと第4エリアのいずれかに属し
どちらのエリアかは明確ではありません。

第2エリアなら一日に2回の停電が予定されております。
1回目は  9時20分~13時00分
2回目は 18時20分~22時00分
これでは殆んど生活出来ません。
第4エリアでも 15時20分~19時00分

停電は一般家庭のみならず、病院や交通信号にも及ぶと
予想されています。
病院のみならず在宅の療養者への影響が懸念されます。

国難といってもよい大災害ですから、一人ひとりの不満は
堪えましょう。
全ては被災地のために!
この譲り合う精神で乗り切らねば!!






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2011年3月12日 (土)

東北の地震を首都圏で体験

11日の岩手県と宮城県を中心に大きな被害をもたらした大地震。
東京でも非常に大きい揺れが襲いました。
外に非難してワンセグで情報を得ていた人から、
両県の被害が大きいと聞きました。
もっと首都圏に近い震源かと思いましたが、そうではなかった。
震源地近くの地域での恐怖と被害を思ったのは、自分が受けた
衝撃が大きかった証拠でしょう。

交通機関が全面的にマヒして、徒歩で帰宅する人の列が
延々と続いていました。
これらの人々は怪我もせず、周囲が廃墟でなかった分、
まだ元気に歩いていましたが、本当の被災地となったら
さぞ悲惨な光景になったことでしょう。

今回の地震を他山の石とするつもりはありませんが、
改めて防災の重要性を考えさせてくれる契機となりそうです。

今回の地震は、津波による被害がより大きかったようです。
建物が密集した首都圏では、建物の崩壊による被害が大きくなり、
火災などの二次災害も考えられます。
やはり備えは万全にしなければなりません。

それぞれ何をするか、何が出来るかを考えたいものです。


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2011年3月 8日 (火)

粉もの

穀物を挽いて粉にしてから食べる食品。
広くは麺類まで範疇に及ぶようですが
ここでは狭義の粉物・コナモンの好みについて・・・

主に関西圏を発祥地として、全国に広がったと思われる
たこ焼きお好み焼きなど、小麦粉を調理した食べ物が
その主力ではないでしょうか?
どちらかといえばB級グルメに名を連ねるお手軽食品です。

関東圏でいえば もんじゃ焼きおやき に類する食べ物で
やはり関西圏の優位が否めない食べ物です。
中華の肉まんも、この類いに加えるに異存はありません。

しかし、私はこれらの食品には一切食指が動きません。
はっきり嫌いといった方が適切かも知れません。
先日、職場で熱々のたこ焼きを勧められた際、
私は食べませんといって不思議がられました。
こともあろうに、勧めた本人が関西出身者なものですから
その場に、ある種の不穏な空気さえ漂ったものです。

私にとって、粉物の定義は 包まれた餡が甘い
この一語に尽きます。
鯛焼き今川焼き、あるいはあんまんこそ
粉物の王道と心得ています。
鯛焼きや今川焼きなら酒の友になる! なぞと言えば
気持ち悪いと思われそうです。

食文化圏の違いだけでは語れない根拠があるのか
こればかりは生まれついての性分としか申せません。

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2011年3月 7日 (月)

耳目の黙示録

日に日に春に近付く実感があります。
例えば、夜明けが早まったこと。
陽射しが力を増したこと。
そして、何よりも花粉の飛散量が増えたこと。

毎年、杉花粉が飛散する前に
その春に飛散する花粉の量を予想した情報が流されます。
なんだか年毎に増える傾向に感じるのは気の所為でしょう。

私のこと
20年ほど前はクシャミ鼻水鼻詰り、それに目の痒み
花粉症の四重苦で散々な目に会いました。
発作的に起きるクシャミでは、呼吸困難に陥りました。
同様に、鼻水・鼻づまりでも呼吸が苦しくなりましたが
当時はまだ花粉症が世間の認証を得ていない時期でした。
人には単なる風邪としか思われず、いつまでも続く症状に
不摂生な生活からだと責められたものです。

あの苦しみは味わった人しか理解できない症状です。
まさに、その瞬間はこの世の終末とさえ感じます。

幸い、近年は症状が和らいだものの四重苦は続いています。
例えば、鬼太郎の親父のごとく目玉を湯浴びさせられたら
どんなにか気持ちよいことでしょうか・・・

私の場合、花粉症のみならず、あらゆるアレルギー症状を
引き起こすようで、秋のイネ科やブタクサのアレルギーや
一年を通しての気圧アレルギーと休まるときがありません。

そのくせ、電車でとなり合わせの乗客が鼻をすすっていると
気持ちを害します。
多分、自分も同じような感触を周囲に振り撒いているのだと
反省するのですが、こればかりは病気と思し召しくだされ。
マスクで周囲に不快感を与えないよう心掛けております。
何とぞ、ご容赦ご容赦。

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2011年3月 6日 (日)

便利? 味気ない?

長距離の鉄道移動で、その所用時間が短縮されるたびに
便利さを歓ぶ声と、単なる移動手段としての味気なさを嘆く
二つの声が交錯します。

5日、JR東日本の東北新幹線で、新型車両「E5系」の
はやぶさが、東京駅から新青森駅までの運転を始めました。
当面、時速300キロの最高速度で同区間の運転すると
東京と新青森間が3時間10分で結ばれ、
2年後には320キロで営業運転され、5分短縮されるとか。

始発駅と執着駅を利用する乗客には便利この上なく。
一方で、通過駅周辺の事情は厳しいものがあるのでしょうね。
仮に停車しても、通過駅と事情はあまり変わらないのでは?

目的地との移動が短時間を旨とする航空輸送と異なり
鉄道輸送に寄せられる期待は別の意味を持つと思われます。
地と地を繋ぐ航空輸送のみならず
人と人をも結び付ける鉄道輸送に思いを寄せるのは
鉄ちゃんのみならず。

鉄道会社としては悠長なことはいっていられないのでしょうが
不便な鉄道の意味と魅力にも目を向けていただきたい。
これこそ真の地域活性化に繋がると思うのですが・・・

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2011年3月 3日 (木)

ひな祭り

男同士の会話で・・・
5月5日は国民の祝日なのに、なぜ3月3日は平日なのか?
といった話題になりました。
真相は一日でも休みが増えたらよいのに、といった按配。
それなら4月4日だって!! とか・・・

日本国民の住まいが団地サイズが主流になっ頃から
我々の身の回りの品々が全て団地サイズに修練された
そんな印象を持つのは被害妄想か???

娘の健やかな成長を願う親心から、雛飾りは豪華を極め
五段飾りだとか七段飾りだとか、その極みは天井を知らず。

本日掲載の画像は我が家でただ一人存在する女子(最近流行りの表現よね)
のための内裏雛です。
思えば四半世紀ほど前、花嫁道具に雛飾りが無かった新妻のために
京都出張の土産に買い求めた一品です。

間違っても額にある二つの点は眼ではありませんから・・・
お公家さん特有の化粧で、その下の横線が眼です。
まさに、お公家さんの切れ長の眼!!
額の2点を眼と見れば、その下の線はヒゲにしか見えません。
(実は購入の際、そう見てしまいました)
それじゃぁ、アホなお公家にしかみえんじゃろっ!

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