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2008年1月15日 (火)

写真展にて

写真展に行ってきました。
新聞に載っていた広告を見たのがきっかけです。
「日・欧巡礼の道」展  
欧州編/カミーノ・デ・サンティアゴ

もともと写真自体に興味があったのではなく、
広告にあった別の紹介文に興味を抱いたからでした。
世界遺産サンティアゴ
巡礼の道を辿って「
スペイン星降る里」へ。

星降る里とは、一体どんなところだろう?
~実際には星が降っている写真など一枚も有りませんでした~

お目当ての写真展を見終わってから、会場となっていた
フジフイルム スクエアで、別の写真展も開催されていたので
そちらも覗いてみました。
アマチュア写真家団体の作品展で、テーマは四季の自然です。
展示された200点の作品は、山あり川あり、花あり森あり。
朝夕の絶景あれば、研ぎ澄まされた自然の姿もあります。
とてもアマチュア作品とは思えない写真ばかりです。

そうした力作を目の当たりにして、ひとつ釈然としない思いに
とらわれました。いえ、その時初めて感じたのではなく、過日
富士山を撮影に行って感じた疑問が蘇えったのです。

いい写真とは 一体どんな写真だろう?
~自然をとらえた写真に限った場合~
真に評価されるべき写真とは、どんな写真なのか?

その場所の、その時間の、その瞬間に居られれば誰でも撮る
ことができる写真。少なくとも、撮るチャンスを与えられる写真。
(現実は同じ条件で撮っても、技量や経験が違うので同じ写真には成りません。)
そうして撮られた写真を、いい写真と評価するのは正しいだろうか。

目の前の写真に心を揺さぶられるのは、写真の出来ばえが良いから
ではなく、本来自然が持っている力が見る者の心に触れたから、と
考えるのが妥当ではないでしょうか。
それならば自然を撮ったいい写真などは不遜の極みで、自然の
一部を持ち帰った
に過ぎない
と考えるのが妥当です。

人間は、自然と対等な存在などには成り得ません。
自然に抱かれながら、なお畏れを覚える。
そのような謙虚な姿勢で自然を撮ってこそ、素顔の自然をカメラに
納められ、真にいい写真が撮れるのではないでしょうか。

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