« まとめ | トップページ | 江戸の誘惑 »

2006年12月 3日 (日)

ばんば は残酷か

ばんえい競馬通称ばんばをご存知だろうか。            世界で唯一、北海道にしかない競馬です。ほぼ50年前から公営 ギャンブルとして運営された来ましたが、惜しまれながら歴史を  閉じることになりました。公営なるが故の放漫経営のツケを払わ  される形での終焉は、馬文化の終焉ともいえる大きな出来事です。

ばんばは馬ソリで着順を競う競技です。                サラブレッドとは違う大型の使役専門の馬が500キロから1トンに及ぶソリを曳いて、直線200メートルのコースで競い合う姿は迫力満点で、北の大地に相応しいレースといえます。

そのばんばが無くなることで喜んでいる人がいます。曰く、残酷なばんばが無くなるのは喜ばしいことだと。               確かに、200メートルのコースには2ヶ所の難関(盛り土された障害)があり、そこを超えるのに騎手はムチを振るいます。そうした様子が残酷だと云う訳です。

でも考えてみましょう。実際に農耕で使役する馬の過酷な姿を。  ただし、現代に於いて農耕馬が活躍する農村なんて、世界中を探してもなかなか見つからないでしょうけど。                              嘗ての農耕馬に課せられた労役は、夜明けから日暮れまで働き  尽くめだったと想像されます。当然、馬を使う人間も同じだけ働いているのです。そうした、農民が祭りの愉しみとしてばんばを考え出したのです。馬にしても一日中の苦役より、一日に1度か2度レースをすれば使役から解放される息抜きの日だったはずです。

ばんばとしてレースを担う馬たちは、何日かに一度レースに出るだけです。その姿を見て残酷だという考えはどうなのでしょうか。   競馬において、武豊騎手ですら直線ではディープインパクトにムチを振るっています。一体、何が残酷で何が残酷では無いのか。    1200メートルから3000メートルを超える距離を全力で走る競馬馬と、200メートルの砂地をソリで駈ける使役馬ではどちらが残酷か。そのどちらもレースのために育成された馬たちで、そのために産まれてきたのです。

サラブレッドは人間が作り出した芸術品だと云われ、その走る姿は美しいと評価されています。ならば使役専門の馬たちも同様な評価を受けても良いはずです。                        ばんばのHPにはばんえい写真館があります。そこを見てばんばの美しさを感じてください。

|

« まとめ | トップページ | 江戸の誘惑 »

コメント

ばんえい競馬が無くなる話は、TVのニュースで見ました。
レースをしている馬たちの足腰を見れば、それが農耕馬であることは一目瞭然、かつて馬は(西日本では牛)が農耕には欠かせないパートナーだったことは、各地の山に「○○駒ケ岳」という名前が示す通りだと思います。人々は春、山に現れる雪形を目安に田んぼや畑を耕し、その年の豊作を願いつつ身近な山に駒ケ岳という名前を付けたのでしょうね。
かつては牛や馬がしていた労働を、そのエネルギーが石油に代わっただけだとしたら、自動車レースも残酷・・・?
そこまで言ったら屁理屈だけど、公営ギャンブルの経営問題は別にして、ばんばレースに北の大地を開墾してきた人々の苦労と、苦労を共にした馬への愛情があったことは忘れてはいけませんね。

投稿: はなまるちゃん | 2006年12月 3日 (日) 11時57分

屁理屈を付け始めるとキリがありません。
ばんばが残酷だとしたら、畜産農家は大罪を犯していますよ。
牛馬と共に開墾した人々、あるいは馬と共に生活している人の
心を知らずして軽々しい批判は避けたいものです。

投稿: kattu | 2006年12月 3日 (日) 15時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/153377/4403489

この記事へのトラックバック一覧です: ばんば は残酷か:

« まとめ | トップページ | 江戸の誘惑 »